21.通じない召還魔法
詠唱するナディアは、膝を深く曲げて、後方へ15メートルほど跳んだ。
魔法による跳躍なのだが、ワイヤーアクションでもやっているかのように見える。
この超人的な跳躍に、観客がどよめいた。
さらに詠唱する彼女の両脇と前方の三箇所に、青白く輝く直径2メートルの丸い魔方陣が出現した。
そこに描かれた美しい文様と、ちりばめられた古代文字が回転する。
すると、魔方陣の周囲に沿って、2メートルを超す円柱状の光の壁が持ち上がってきた。
あまりの美しさに、スタジアムに感嘆の声が上がる。
しかし、ユカリは腕組みをして足を大きく広げ、まるで動こうとしない。
発動された魔法を、半眼で眺めているだけだ。
持ち上がった光の壁が下がり始めると、中から、全身が青白く輝く四つ足の獣が現れた
大型の狼だ。
三匹は、正面に獲物を発見し、牙をむいて喉を鳴らす。
ナディアが右手を前方に突き出して、何かを叫んだ。
前進を開始した狼どもが、加速をつけて走り出し、跳躍する。
空中に三本の青白い光の軌跡が描かれた。
その刹那――、
ガシャアアアアアン!!
ガラスが割れる音がしたかと思うと、ユカリの眼前で三匹の狼が無数の破片になって飛散した。
大量の砕け散った破片がぶつかる音。
その余韻に乗って、キラキラと輝く欠片が光の粒となって虚空に昇華する。
息を飲む観客。
吃驚仰天するナディア。
肩をすくめて首を左右に振るユカリ。
彼女は、さっきまで腕組みをしたままだった。
何も対抗魔法を発動したようには見えない。
しかし、ナディアが召喚した魔獣は、ユカリの何らかの魔法で消滅させられたのは確かだ。
我に返ったナディアは、同じ方法で、甲冑に身を固めた兵士を三人召喚した。
兵士は狼と違って、青い鋼色に光っている。
だが、剣を振り上げて突進する彼らも、再び腕組みをするユカリの眼前で、光の粒となって消え失せた。
焦りの色が見られるナディアは、少し長めの詠唱を始めた。
すると、彼女の頭上に、三つの白く輝く魔方陣が出現し、ユカリの方に美しい文様と古代文字を見せる。
その時、初めてユカリが首を傾げた。
魔方陣が回転を始めと、中からゆっくりと人の姿をした何かが現れる。
青白いドレスを着て、頭の先からつま先まで青白い、ロングヘアの女性だ。
だが、目は穴になっていて、亡霊のように見える。
その三人の女性は、フワリと宙に浮いたままユカリの方へ接近する。
と突然、彼女たちの口がカッと開いた。
口から轟音を立てて吹き出す大量の雪。
腕組みをして立ったまま、仰け反って風圧に耐えるユカリ。
だが、さすがの彼女も、みるみるうちに雪に埋もれていく。
1分もすると、高さ3メートルもの雪山が芝の上に誕生した。
亡霊のような三人が、今度は両手を突き出す。
すると、グググググッと音を立てて、雪の山が圧縮されていく。
ついに、山はユカリの身長程度の高さにまで縮まった。
この雪の圧力では、耐えられるはずもなく、ダメージを与えたはず。
そう確信したナディアが、軽いガッツポーズを取った。
だが、圧縮された雪塊は、ボオオオオンと音を立てて爆発。
あっという間に、塊は煙となって消え失せる。
三人の女性は爆風をまともに受けて、光の粒となって消えた。
腕をだらんと下げて愕然とするナディア。
煙の中から現れたユカリは、腕組みをして仰け反っていた体を元の体勢に戻す。
足の位置は、1ミリメートルも動いていない。
彼女は、口角をつり上げてニヤリと嗤う。
「お前の魔法は、その程度か? 全力で来いよ。
おっと、言葉が通じねえか」
右手の指をクイクイッと動かして、カモンのポーズを取るユカリ。
ナディアは、その意味を理解し、舌打ちをした。
脂汗が流れる彼女は、最後の手段に出ることを決意する。