20.冷酷無慙
一時的にダグアウトの中へ集められた選手たちは、アンドロイドのスタッフから呼び出されてグラウンドに出た。
これから、入場行進を開始するのだという。
海外からの到着遅れなど諸事情もあって、選手たちが一堂に会したのは、少し前の控室が最初。
それでも、ユカリがいなかったが。
こんな状況では、予行演習なしのぶっつけ本番にならざるを得ない。
先頭は、小学生によるマーチングバンド。
地元の生徒らしいが、練習不足なのか、大観衆を前に緊張するのか、動きがぎこちない。
歓声に包まれる選手たちの行進は、オリンピックの入場行進とはかけ離れた、勝手気ままなもの。
観客に向かって手を振るのはいいが、右に左に自由に歩き回る。
せめて、先導するマーチングバンドの足並みくらいは見習って欲しいが、最後まで目もくれないようだ。
行進ならぬ行列も終わって、スタッフの指示で国ごとに縦方向に並んだ列は、ヤマト国の八人が最多。
他の二十四人は、十四カ国からの参加。
一カ国で一人から三人の列しかないが、これは魔法少女の人口比とは無関係。
単に、選手権大会への関心の度合いなのである。
ここでも、選手は気ままに行動する。
退屈な祝辞や、形だけの選手宣誓も一因ではあるが、それにしてもひどい。
足踏みをしたり、ガムを噛んだり、手を振ったり、おしゃべりをしたり、唐突に笑い出したり。
そんな自由な選手たちだが、観客席から見ると、緑のグラウンドの中で揺れ動く八色の花。
そう見えるのは、セーラー服の襟とミニスカートがカラフルなおかげ。
これは、魔法の競技のしやすさよりも、観客への「魔法少女の可愛さ」をアピールすることが目的。
選手たちは、自分の好きな色を八色の中から選んでいるので、チームとは何ら関係がない。
一通りの開会式が終わると、選手たちは、西と東のダグアウトに分散した。
それと入れ違いに、グラウンドへ二十人ほどの黒いローブ姿の人物が現れた。
魔法を操る整備士たちだ。
このスタジアムでは、普段はサッカーやフットボールが行われる。
地面は全て芝だが、彼らの魔法によって試合の度に原状回復される。
これは、爆裂魔法などの遣い手により、芝がめちゃくちゃにされるからだ。
彼らの仕事は他にもある。
選手が戦うフィールドと観客席とを隔てる結界を作るのだ。
客席へ魔法の被害が及ばないよう、サッカーコートのラインに沿って、垂直方向の結界が張られる。
上はスタジアムの高さまでで、そこで結界の天井が作られる。
つまり、サッカーコートに沿った直方体の結界が張られるのだ。
この中で、飛び回ってもよし、魔獣を召喚してもよし。
火炎を噴射しても、竜巻を発生させても、雨を降らせてもよし。
結界を壊さなければ、物を爆発させてもよいのだ。
準備が整ったところで、ファンファーレが響き渡る。
それを合図に、七身ユカリとナディア・ラフマニノフがダグアウトから飛び出した。
巻き起こる拍手。
スタジアムを揺らすユカリコール。
数十名のナディアコールなど、蚊の鳴く声にもならない。
ユカリとナディアは、コートの中央付近で、数メートルの距離を置いて向かい合った。
試合中はヘッドセットを着用していると危険なため、外している。
なので、互いに何を言っているのかはわからない。
だが、両者は闘志満々で、何やら罵り合ったようだ。
審判員は、蜂乗マイコ。
三人は正三角形の位置に立つ。
マイコの右手が高く掲げられた。
それが試合開始の合図。
(ナディアさん! どうか、頑張って! どうか……)
無事でいて、という言葉を慌てて飲み込むカナ。
収まらない胸騒ぎ。
心の中で、現実に起きて欲しくない光景が、頭をもたげる。
それを、祈ることで押さえつける。
息が詰まりそうになる。
(この祈りよ、届け!
異国の親友の下へ!)
とその時、ナディアの魔法が発動した。