19.貴賓席
魔法少女世界選手権大会会場となったスタジアムには、貴賓席としてのプライベートルームが八つあった。
各部屋は豪華な内装で、ソファとその横に置かれた小さなテーブルの組が、最大で十組設置可能。
それらが横一列に並べられ、そこに座れば、全面ガラス張りの窓越しにグラウンドを見下ろせる。
ソフトドリンクもアルコールも、食事までも無料で提供される。
十人が囲める丸テーブルも置けるので、昼食などはそこで取ることが可能だ。
なお、人数に応じてソファの数も、丸テーブルの大きさも事前に変更できる。
こんな贅沢な貴賓席だが、すべてヤマト国の八つの家族に占有されていた。
ヤマト国には、九つの魔女の家系がある。
壱番矢家、
二一宮家、
三奈田家、
四石家、
五潘家、
六隠家、
七身家、
蜂乗家、そして、
九家。
このうち、九家は、一族のうち五人の魔女が禁忌の魔法を使用したため謹慎中で、もちろん、七身家からは出場依頼の声が掛からなかった。
海外の魔法少女を優先するため、壱番矢家から蜂乗家まで、一人ずつ八人の代表選手が出場したのは第一回大会も同じ。
貴賓席を、独占したのも前回同様だ。
蜂乗家は父親がいなくて、母親は審判員なので、割り当てられた貴賓席にはミナ、マコト、イリヤと、それぞれに専属のメイドである三人の合計六人のみが入っていた。
部屋が広すぎて、六人でもがらんとした感じ。
ソファと小型テーブルは、ゆったりした配置で三組並んでいる。
メイドたちは、それぞれ主人のソファの後方に離れて立つ。
「あらあら。心配性の親みたいなマコト、はっけーん」
「姉さん。これが落ち着いて見ていられますか? あああっ! 心配だ!」
「マコトお姉様。そんなに腰を上げたり、前のめりになったり。
もう少し、落ち着いてご覧になってはいかがですか?」
「あらあら。今度は、歩き回るクマさん、はっけーん」
「あー、見ていられない!」
「マコトお姉様。お座りになってはいかがですか?
カナお姉様の出番は2回目ですから、まだ時間がありますわ」
「そうそう、忘れないうちに言っておかないと。
ここからマコトは、テレパシーで指示をしては駄目よ。使い魔の伝令でも、カナが失格になるから」
「それはわかっています!
でも、対戦相手を直前で変更するなんて、あり得ない!
せっかくのアドバイスが、全部無駄になったんです!」
「マコトお姉様。カナお姉様のお力を信じましょう!
データがない対戦相手でも、初対面のこわーい相手でも、必ず勝利する、とイリヤは信じています!」
「ここでいくら気を揉んでも、胃が痛くなっても、グラウンドで戦うのは、マコトではなく、カナなのよ」
「姉さん、わかっています。
なぜ今回、僕ではなく、カナを選んだのかもわかります。
だから勝たせたいのです」
「ううん、マコトはわかっていないわ。
マコトが勝たせるのではないのよ。
カナが自分に打ち勝つの。
それが今回の目的」
「それも、……わかるのですが」
マコトは、ソファで腰を弾ませ、背もたれに背中をぶつけ、天を仰ぐ。
そして、右頬を、次に左頬を手で押さえる。
昨年、決勝戦で負けた直後に、母親マイコから受けた八発の平手打ちの痛みが脳裏を駆け巡る。
あの屈辱を、妹に味わわせる訳にはいかない。
自分は、絶望の淵から這い上がることが出来た。
でも、妹は出来ないはずだ。
出来ない、……はず。
でも、それは本当か?
そうだ。だから、守ってやるのだ!
でも、それは、本当に妹のためになるのか?
マコトは、始まった入場行進の列の中から、カナの姿を目で追いつつ、自問自答を繰り返した。
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