187.魔女の封印
意識が回復した真弓は、うつ伏せになっていた体を起こして前を見た。
フユミがカナの治療を再開している。それを見て、真弓は安堵の胸をなで下ろした。
左を見ると、ミナの治療はほぼ終わっていて、マコトはミナに支えられながら上半身を起こして真弓の足の方向を向いていた。
右を見ると、ナツもミヤビもイズミもハルも、ユカリまでも、マコトと同じ方向を向いている。
彼女たちの表情から何かが起ころうとしていることを感じ取った真弓は、やらなければいけなかったことを思い出した。
錯を封印しなければいけないのだ。
彼女は立ち上がって振り返る。
すると、焦げた骨の山から白煙が上がっているのが見えた。
彼女は、その骨の山に走り寄る。
不安的中だ。骨がカタカタと音を立てて少しずつ動き出している。再び、骨同士がつながろうとしている。
錯の復活が始まろうとしているのだ。
真弓は右のポケットから青い宝玉を取り出して、骨の山に向かって突き出し、詠唱する。
「――解き放たれし邪悪な魔女よ!
――世に魔女さえも求めぬ混沌をもたらす 残虐非道の悪魔よ!
――炎に焼尽されしその身体は 直ちに闇へ還るべし!」
すると、宝玉が目映い光を放ち始めた。何が起こるかを目を細めて見ていると、軽くて小さな骨から光の中へ吸い込まれた。
輝きはどんどん増していく。とても見ていられない真弓は、左手で目を覆う。
カタカタと音を立てる骨が、さらに激しく音を立てている。吸い込まれるのに抵抗しているようだ。
だが、それもむなしく、全ての骨は灰も塵も残さず吸い込まれた。やがて、宝玉の輝きは失われ、普通の宝石に戻った。
大きなため息をついた真弓が宝玉を握りしめて立ち上がると、後ろから喝采が聞こえてきた。
振り返ると、いつの間にか生徒が増えている。実は、体育館には地下室があり、そこに生徒たちが避難していたのだが、錯が炎竜によって焼き尽くされたことを聞きつけて集まってきたのだ。
真弓は、まだ意識が戻らない貞子を魔法で厳重に縛り上げる。ナツまで地面から黒い鎖を何本も出して縛り上げたのだから、まず逃走することはないであろう。
カナは怪我も魔力も回復し、フユミに抱きついて感謝した。
そして、力強く立ち上がり、炎竜を見上げた。
「炎竜! 今から魔宴を終わらせたいの!
協力して!」
「ならば、この手に乗るが良い」
そう言って右手を差し出し、手の甲を地面につけた。
カナは、炎竜の指のゴツゴツを利用してよじ登り、手のひらの上に立った。
「真弓も来て!」
「お嬢様。わたくしは、錯を封印したこの宝玉を奥様のところへお届けいたしますし、誘拐された生徒も発見いたしましたので、そのご報告を――」
「えっ!? 見つかったの!? 良かったぁ!!
報告は急いで!」
「承知いたしました」
「じゃあ、みんな来て!」
カナの呼びかけに、イズミとフユミが駆けつける。ミヤビとナツとハルが後を追う。
人数が増えたので、炎竜は左手も差し出した。
「アキさんも!」
座り込んで体育館の壁にもたれるアキは、顔の前で手を振りながら「高いところ、嫌い」と言う。
「落下を予知したとか!?」
「ないない。
あっ……、それを証明するのもありかも」
珍しくアキが笑ってゆっくり立ち上がり、みんなの後を追った。
「お姉様たちも! イリヤも!」
指名された三人は、横一列になって笑顔で歩み始める。
そろそろ乗れそうにないので、他の生徒たちは参加を遠慮した。
そこへ、リン、ルクス、ケル兵衛、ハカセも姿を見せた。それを見つけたカナは、大きく手を振る。
「リンも! みんなも!」
すると、リンは「馬鹿ねぇ」とため息をつく。
「ここの防御を手薄にしてどうするのよ。使い魔組は残るわよ」
「うん、わかった! 後はよろしくね!」
「そっちも頑張るのよ」
「うん!」
一緒に行動するメンバーが決まったようなので、炎竜は「しっかりつかまっておれ」と言って翼を羽ばたかせた。
突然の嵐が来たかのように風が吹き荒れて、木々が大きく揺れた。見送る生徒たちも、風に煽られて蹌踉めく。
こうして、カナたちを乗せて炎竜が飛び立った。