186.最悪の魔女の最期
「何をしておる。
炎竜よ。我の前にその姿を示せ」
錯がカナの胸の谷間付近をグッと押すと、そこから赤褐色の煙が現れた。
その煙は、たちまちのうちに大きく膨れ上がり、どこまでも上昇して横方向へも広がる。そして、徐々に竜の形になっていった。
赤褐色でゴツゴツした巨岩のような後ろ足。人の背丈ほど太い尻尾。
岩肌のような皮膚を持つ胴体。丸太のような太い前足に鋭い爪。巨大な翼。
そして、八階建てのビルの高さにある竜の頭。背丈は30メートルを優に超えるであろう。
「おおっ! 夢にまで見た雄姿!」
その声に灼眼がギラリと輝いて、両手を広げて感嘆する錯を見下ろした。
「さあ、炎竜よ。我を宿主とせよ」
炎竜はゆっくりと首を傾げ、全身がビリビリと震えるほどの重低音で問いかける。
「汝が我を呼び出したのか?」
「いかにも」
さらに灼眼が輝く。
「何故に?」
「ヴァルプルギスの魔宴が始まった。すでに破壊と混乱がこの地で起きている」
「他人事のようだが、起こしたのは汝であろう?
もう一度問う。何故に?」
「魔女を迫害するこの世の中を浄化するがゆえ」
「浄化に、破壊と混乱は不要。
なのに、何故それらを引き起こした?」
「ええい! 理屈など無用!
炎竜よ、我を宿主とせよ!
そして、そなたの火炎でこの世を焼き尽くすのだ!」
「破壊と混乱によって己が快楽を得るために此度の騒乱を引き起こしたのは、火を見るよりも明らか。
これ以上の問答は無用。
カナ。こやつを成敗せよ」
すると、カナが目をカッと見開いた。
彼女は、素速く左の手のひらを錯の胸へ向け、「フユミ、ありがとう」と言って痛む右手で左肘をつかんだ。
「なにぃ!!??」
錯が体を横にそらそうとしたその時――、
「――稲 妻!!!!」
カナが高らかに詠唱すると、錯の胸の前に金色に輝く魔方陣が出現し、瞬時に稲妻が発射された。
「グハッ!!」
全身から放電する錯の体が吹き飛び、地面の上で弾んだ。
「お嬢様!」
そこへ駆けつけたメイド姿の真弓が、肩で息をしながらカナを呼ぶ。
「真弓!」
右腕の痛みを堪えながら、カナはヨロヨロと立ち上がった。駆けつけた真弓に体を支えてもらいながら、二人はその場を離れる。
「本当に飛んで参りましたが、遅くなりまして申し訳ございません」
「いいわよ。来るのを信じていたから」
ところが、錯は上半身をムクッと起こし、髪を振り乱しながら立ち上がった。
「逃がさぬ!」
錯の両腕が一気に伸びて、カナと真弓の首が絞められた。
「貴様ら、我に魔力をよこせ!」
カナと真弓は急速に魔力を奪われていき、膝を折った。
「そうだ、こやつの魔力もあったのう。極上のそれをいただこう」
錯は真弓から手を離し、横たわっている貞子の方へ手を伸ばして首をつかんだ。
「おおっ! 魔力が、みるみる回復する!
これで――」
と、その時、炎竜が錯を見下ろして口をカッと開いた。
喉の奥で炎の玉が赤々と燃える。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
炎竜が吐き出した火炎は、轟音を伴う炎の柱となって錯を襲う。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
錯は炎に包まれた。
「アアアアアア……アアアアアア……」
カナと貞子をつかんでいた手が離れて、縮んでいく。
燃え上がる髪の毛は、炎が作る上昇気流に乗って宙を舞う。
錯の和服が燃え尽き、体は火炎の光の中で骸骨のような黒いシルエットになる。
髪の毛で隠れていた頭が、断末魔の叫びをあげる黒い頭蓋骨となって現れる。
ユラユラと揺れていた体は、まだ炎がまとわりついたまま崩れ始めた。
両腕が落ち、頭が落ち、背骨が折れ、膝が折れる。
こうして、全ての骨が地面に転がった後も、騒乱の元凶を裁く炎は赤々と燃え上がった。