179.怒濤のごとき魔女の進撃
翌日の早朝、空はみるみるうちに暗雲に覆われ、不気味な起伏を作りながらゆっくりと流れていた。
その雲が畏岳の上空に流れ着くと巨大な渦を作り、その中心は闇のように暗く、まるでブラックホールでも出来たかのように見えた。
道行く人々は、その雲を見て「何かの前兆か」と囁き合う。
彼らの予感は的中した。
ヴァルプルギスの魔宴が始まったのだ。
まず、畏岳の木々から、二百人以上の魔女が飛び立った。
近隣の市民は、初めはカラスの大群が山の木々から飛び立ったかのように見えた。しかし、それが黒ローブを纏い、黒いフードをすっぽり被った魔女であることを知ったとき、恐怖に駆られて逃げ惑う。
さらに、麓の村から三百人以上の魔女が走り出て、地面を蹴って横向きに飛んだ。
上空を旋回する魔女は四方に散って、魔法で家々に火を放つ。
低空を路地に沿って飛翔する魔女は、通行人を追い回したり魔法で負傷させる。
貞子――実は狂先錯――の指示は、まずは広範囲に混乱を引き起こすこと。これに対して、警官隊や機動隊が出動するはずだが、なるべく魔法女学校から彼らを引き離すように誘導すること。
この目的は、魔法女学校の警備を手薄にして、まだ学校の体育館に立て籠もっている魔法少女の魔力を奪い、炎竜を自分の体に取り込むことであった。
これでさらなる強大な魔力を得た後、貞子の魔力をも奪う。そして、町を破壊し、人々の殺戮を開始する。
それが狂先錯の狙いである。
混乱は、たちまちのうちに拡大した。町は赤々と燃えて野火のように広がり、路地は逃げ惑う人々の悲鳴で溢れる。
折しも、魔法警察の内部は捜査と検挙の真っ最中で、はぐれ魔女への協力者が全員逮捕される前に出動することは不可能であった。
よって、魔法が使えない警官や機動隊隊員が出動したが、魔法を前にしては為す術もない。
市民の中には、疑似魔法を担ぎ出して抵抗するものもいたが、本物の魔法を相手に全く無力であることを思い知らされた。
勢いに乗る魔女たちは、破壊の快楽に酔い、それまで一般人から受けた迫害に対する復讐心を燃やす。
こうなると押さえていた魔力を全開にする者まで現れ、一般人の死傷者が続出した。
貞子の混乱の指示が、破壊と殺戮に変わっていったのである。
この様子を目の当たりにした貞子は、魔女たちの行為を止めるどころか、これを容認する。
「これで我の手間が省ける。
もっと破壊し、もっと焼き尽くし、もっと殺せ!
この世界を黒煙と恐怖と絶望で満たすのだ!」
貞子は周囲に広がる炎を満足げに眺めた後、百名の手勢を率いて魔法女学校へと向かった。
今回、六百名を超える魔女が畏岳から周囲に散った。
ところが、予定ではさらに海外から六百名の魔女の応援を得て、千人規模の魔女が周囲を混乱に陥らせ、二百人程度の魔女を温存する予定であった。
ところが、周知の通り、応援組が到着する前に狂先錯が魔宴を開始してしまったので、畏岳に集結していた魔女が全員出払ってしまった。
これが、魔宴の破綻の始まりとなる。
貞子たちが麓から一斉に飛び立ったとき、一軒の納屋の扉からその様子を窺っていた一人の魔女がいた。
黒ずくめの彼女は、周囲に誰もいないことを確認した後、納屋の奥へと消えていった。
いったい、彼女は何をしているのであろうか。