175.人質の争奪戦
壁をすり抜けてきた全員が一姫と同じく黒いフードをすっぽりと被って顔が見えない。この格好は、明らかにはぐれ魔女だ。
ざっと数えて、二十人以上いる。その魔女たちが、一斉に右手を突き出し魔方陣を出現させた。
一方、一姫はアキから離れてカナたちと魔女との間に瞬間移動し、両手を大きく広げて空中に巨大な魔方陣を出現させる。
魔女たちの魔方陣から短剣が発射され、一姫を襲う。だが、彼女が出現させた魔方陣がその短剣をことごとく弾き返した。
「フン。素人がこの私に刃を向けるとは、何と浅はか」
と、その時、彼女の背後でカナの「――突風!!」という言葉が響いた。
一姫が振り返ると、背を向けたカナが後方の壁から侵入してきた十数名の魔女めがけて突風の魔法を放ったところだった。急いで繰り出した魔法だったにも関わらず、カナの魔法の威力は凄まじく、十数名が一度に壁に叩きつけられた。
(挟み撃ち!?)
この建物を守る結界は完璧だったはずなので、さすがの一姫も狼狽えた。
すると、残りの二方向からそれぞれ十人ずつ、二十人の魔女が壁をすり抜けてきた。これで四方を囲まれたことになる。
ところが、ミヤビが「ありゃりゃ、あれは幻影にゃー」と言う。
「幻影魔法の遣い手に幻影を見せるとは、片腹痛いにゃー。これで打ち消すにゃ!」
そう言ってミヤビが二方向へ両腕を伸ばし、手の先に魔方陣を出現させると、二十人の魔女が空気の中へ溶け込むように消えた。
「にゃははー! これでどうにゃ!」
「上よ!」
突然、イズミが叫び声を上げ、続けて「炎の矢!!」と唱える。
彼女が天井へ突き出した右手の先に赤い魔方陣が出現し、そこから真っ赤に燃える矢が放たれた。
その先にいたのは、ちょうど天井をすり抜けて落下しようとしていた黒ずくめの少年。矢はその少年の尻をかすめて天井に激突する。
「うわっちっちっ! 危ないじゃないか!」
少年は尻を手で押さえながら空中を浮遊する。
「フーッ、さすがだね。
四方を囲まれておつむの防御がおろそかになっている隙に攻撃、と思ったけど、見破られちゃったよ」
彼は黒いベレー帽を取って短く刈り上げた金髪を撫でながら「当然、僕が誰だか知っているよね?」と笑う。
イズミが「桑無貞子!」と答えて、再び矢を放とうとする。
「おっと、二度も同じ手は食わないよ」
貞子はそう言って、右手の指をパチンと鳴らす。すると、イズミが両手で首を押さえて苦しみだした。魔法を使って見えない何かで首を絞めているようだ。
それを見た一姫が「彼女に手を出さないの」と言って、右手のひらをイズミのほうへ向けると、その見えない何かが外れたらしく、イズミはフーッと息を吐いて座り込んだ。
「十一姫にしては、ザルみたいな結界だったけど、腕が鈍った?」
そう言って笑う貞子は、空中からフワリと舞うようにして、一姫の前に着地した。
「話し合い? だったら、外野は静かにしてもらうわよ」
口元がニヤッと笑った一姫は、両手で指をパチンと鳴らす。その途端、短剣を出現させた二十人以上の魔女と、カナが吹き飛ばした十数名の魔女が、首をつられるような格好で一斉に宙に浮いて苦しみだした。
「ちょっと、乱暴だなぁ。手出しはしないから、首をつるのは無し!」
「あら、信用できないわ。本当に手出しをしないなら、建物の外に放り出して」
「それは多勢に無勢になるから、承服しかねるね」
「だったら、もう一度指を鳴らすと、全員の首の骨が折れるわよ。それでもいい?」
「君は昔から魔女となると、虫けらのように殺すね」
「それは、私の美学。私が考える理想の魔女から外れている魔女は、全て死あるのみ」
「じゃあ、僕もかい?」
「当然」
「そこの魔法少女たちは?」
「初々しい理想の魔女だから、排除の対象外よ」
「意外と少女趣味だったりして」
「何とでもおっしゃい。
それより、早くしないと、手下が全員窒息するわよ」
「はいはい! 撤収するから、今すぐ降ろしてくれ!」
「物わかりがいい子ね」
一姫がそう言いながら両手をヒラヒラと動かすと、宙に浮いていた魔女たちが落下して転がった。
「さあ、撤収だ!」
貞子の指示を受けて、魔女たちは我先にと壁をすり抜けて逃走した。
全員がいなくなるのを確認した貞子は、一姫の方へ向き直る。
「さてと、交渉でも始めようか」
と、その時、一姫が両手の指をパチンと鳴らす。
「何の交渉?」
「決まっているじゃないか。そこの魔法少女をこっちに引き渡すこと」
「そんなことを口にしたら、外に逃げた魔女の首を全員折るわよ」
「……まさか、さっきの指鳴らしで、捕まえたとか!?」
「当たり前じゃない。この建物の周辺は、私のテリトリーよ。逃げられるとでも思って」
貞子は、しきりに頭をかく。
「君には参ったよ。なんとか結界を破ったから、少しは行けるって思ったんだけどね。
ここまでやられるとは、今日はツキがないな。
仕方ない、退散するか」
その言葉を残して、彼女は煙のように消えた。
勝利に酔った一姫がニヤニヤしていると、彼女の背後から声が聞こえてきた。
「ツキがないのは、あんたもよ」
その声にギョッとした彼女は、直ぐさま振り返る。
そこには、宙に浮いて腕組みをした黒猫リンがいた。
彼女は「しまった!」と叫んで後ずさりする。
「まさか、うちのカナが機転を利かせて私を召還したと思わなかったでしょう?
貞子が結界を破ったってことは、使い魔が召還できるようになったってことよ」
リンが宙に浮いたまま、スーッと一姫に近づいていく。
「さあ、うちのカナと友達に手を出した落とし前をつけてもらうわよ。覚悟はいい?」
「――っ!」
次の瞬間、一姫は煙のように消え失せた。