174.魔女の箱船
「あなたに宿っている炎竜、そして使い魔リンを奪われたくないから」
一姫の指は、カナの隣にいるイズミも指さした。
「そして、あなたの使い魔ドラーゴ・ロッソも奪われたくないから。
それだけじゃないわ」
他の五人も次々と指さす。
「みんなの魔力を奪われたくないから」
カナは振り返って級友を見渡す。
「魔力を奪われたくないのは、他の学年の生徒も同じはず。なぜ、私たちの学年だけここに保護したの?」
すると、一姫が肩をすくめる。
「わからない?
魔力の総量よ。知らないなら教えてあげる。
確かに、個人個人を見ると飛び抜けた生徒は各学年にいるけれど、学年単位で見ると、あなた方の魔力の総和は魔法女学校随一なのよ」
カナたちは互いに顔を見合わせる。ここにいる全員の魔力の総和が全学年で一番なんて、考えてみたこともなかった。
一姫が右手の人差し指で、もう一度全員を指さす。
「つまり、魔法女学校で桑無貞子が真っ先に狙うのは、あなた方の学年。
だから、学校を襲撃した。
ところが、私がすでに保護したから、当てが外れたというわけ」
カナは、さらに一歩前進した。
「お願い! ここから出して!」
「なぜ?」
「学校を魔の手から救わないと――」
「校長先生が何とかするでしょう。それに、あなたたちは、ヴァルプルギスの魔宴が終わるまでここにいてもらわないと」
「そんな悠長なことは言っていられない!」
「ヴァルプルギスの魔宴は、洪水のような混乱を世間に巻き起こすのよ。
ここはノアの箱舟。あなたたちは、洪水の後まで生き延びるの」
「家族はどうなるの!?」
「眷属を含めた一族のことを言っているの?
それは、自分たちのことは自分たちで何とかするでしょうね、生き延びるために。
それが出来ないなら、狂先錯に食われるまでよ」
「食われる!?」
「そう。あの魔女は、魔女を食らって生き延びる最強の魔女なの。
それを覚醒してしまった、馬鹿なはぐれ魔女がいるのよ。
桑無貞子って名前だけど」
彼女が言い終わると、沈黙が支配した。
「さあ、おしゃべりはここまで。
食事はたっぷりフルコースで出してあげるわよ。
運動不足が心配なら、その辺を走ればいいし。
勉強は自分たちで何とかしてね。
それじゃあね」
一姫がクルッと振り返り、壁に向かって歩き始めた。
と、その時、アキが床に目を落としながらつぶやいた。
「あっ。未来が変わった」
その言葉に、一姫が振り向いた。
「変わった?」
「うん。その壁の外、出られないよ」
「どうして?」
「馬鹿なはぐれ魔女が手下を集めてやってくるから」
カナたち全員に緊張が走った。
「詳しく教えてくれる?」
「自分で占ったら?」
と、突然、アキの前に瞬間移動した一姫が両手でアキの首を絞めた。
「この行動は予知できたかしら?」
「と、当然……。い、言えば、違う行動に出たはず……」
「そうね。指を鳴らせば、首の骨は簡単に折れるから、そっちの行動になったかも。
でも、それはまだ先ね。
言いなさい、彼女たちがどういう行動を取るのかを」
「も、もう……遅い……」
「遅い?」
首を絞められた状態のアキが、壁の方向を向く。一姫もその方向を見た。
彼女は目を丸くした。何かを感じ取ったようだ。
「まさか! 私の結界が破られた!?」
彼女がそう言って狼狽えた途端、コンクリートの壁から黒ローブ姿の集団が次々とすり抜けてきた。