170.バスジャック
翌朝、魔法女学校のスクールバスは九人の生徒と先生二人を乗せて、最後の一人の待ち合わせ場所へと向かっていた。
車を持っていない生徒が広範囲に点在するため、一周するのに45分ほどかかるが、途中で狙われることを想定して、毎回通るルートを変えていた。もちろん、外で待っていると不用心なので、バスが家の前に横付けしてからクラクションを鳴らすので、それを合図に生徒が家から出てくるというやり方を取っていた。
しかし、学校の一番近くに住むカンナという生徒だけは、ルートを変えても毎回最後になっていた。
バスに同乗していたアカリと灯子は、そろそろあそこも変えた方がよいのではと話し合っていたちょうどその時、目的地の家の前でいつもと違う光景を見た。
家の中で待っているはずの生徒が、鞄を持って歩道に立っている。そのそばで八人の主婦のような女性が立っていて、幼稚園の送り迎えの後で談話しているかのように見える。
アカリは「手前で止めて。様子がおかしい」と運転手に告げる。バスが10メートルほど手前に止まると、彼女は灯子に「何か起きたら、お願い」と言い残し、一人でバスを降りた。左の一番前の座席に座っていた大人バージョンの灯子は「りょーかい」と言って手を振る。
「カンナ。こっちに来て」
手招きするアカリにカンナと呼ばれた生徒は、ゆっくり歩み出した。すると、そばにいた女性たちも談笑を続けながら、ゾロゾロとカンナの後を付いてくる。
彼女たちの動きは、明らかに不審だ。アカリはさらに手招きをしてカンナを急かす。カンナは後ろを少し振り返り、駆け足になる。
アカリはカンナを追う女性たちの方へ視線を向けた。すると、カンナはニヤッと笑い、鞄の裏に隠し持っていた短剣を突き出しながらアカリの懐に飛び込んだ。
ドスッ!
鈍い音がしたかと思うと、アカリは短剣が突き刺さった腹を抱えて前のめりに倒れた。次に、カンナはスカートの中に手を入れ、右足の太もも辺りから短剣を取り出して運転手めがけて投げる。
その短剣が首に突き刺さった運転手は、鮮血を吹き出しながら右向きに倒れた。
カンナは、またスカートの中に手を入れて左足の太もも付近から短剣を取り出し、バスのステップを駆け上がって、大人バージョンの灯子へそれを突き刺した。
ところが、灯子はすんでの所で小学生バージョンに変身する。彼女の頭をかすめて、凶器は座席に突き刺さった。
「野郎! 突風!」
灯子が短く詠唱すると、彼女が突き出した右手の前に金色の魔方陣が出現し、強烈な風が吹き出した。それを至近距離からまともに胸に受けたカンナは吹き飛ばされ、バスの窓ガラスを突き破る。そして、路上で数回跳ねて転がった。
今度は、集団で近づいてきた女性たちがバスに向かって一斉に右手を伸ばして何かを詠唱する。すると、彼女たちの手の前に輝く魔方陣が出現したかと思うと、車内にいた生徒たちが苦しみだした。
「畜生! 魔力を吸い取っているな!?」
灯子は、バスから飛び降りて大人バージョンに変身する。サイズを大人にしたのは、この方が魔法の威力が高まるからだ。そして、偽の主婦たちめがけて突風をお見舞いすると、八人は散り散りに吹き飛んだ。
「ざまあ見ろ!」
右手を突き出したままの灯子がフッと笑ったその時――、
ドスッ!
また鈍い音がしたかと思うと、彼女の胸の中央から剣が突き出た。彼女は崩れ落ちるように倒れ込む。すると、そこには黒ローブ姿でフードの中に顔が見えない魔女が立っていた。微である。
「邪魔者は始末した。さあ、錯様に捧げる魔力を回収しろ」
偽の主婦たちは次々と立ち上がってバスの中へ乗り込み、回収を続けた。
すると、路上に倒れていたカンナが立ち上がって、服の泥を払いながら微の方へ歩いてきた。
微が「あの家の生徒は?」と聞くと、カンナは「すでに魔力を回収済み」と答える。どうやら、カンナは偽者のようである。
「向こうを手伝え」
「承知」
偽のカンナがバスに乗り込むのを見送った微は、横たわるアカリと灯子を見下ろしながらつぶやいた。
「はぐれ魔女に楯突く者は、死あるのみ。
今度の宴の地獄絵を目の当たりにしなかっただけ幸せだったと思え」
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