17.弱気な自分からの脱却
「ねえ。あなたのこと、カナと呼んでいい?」
「ええ。私は、イズミ……さんと呼んでいい?」
「イズミでいいわよ。あなた、13歳よね? 私、いくつに見える?」
「ええと……、話し方は年上みたいだけど」
「あなたと、ためよ」
「えええええっ!?」
「ちゃんと、選手の経歴、見ていないわね? 話していて、なんとなく、そんな感じがしていたけれど」
「ごめんなさい」
「私ね、あなたが参加すると知ってから、絶対に勝負したいと思っていたの。他のどの選手よりも」
「な、なぜ? 私、そんなに強くないし、魔法は制御できないし――」
「あなたは、自分のことを何もわかっていない。
本気を出して、正確に魔法を繰り出せれば、優勝間違いなしの逸材なのに。
あなたが得意の、破壊系の魔法。あれは、磨けば世界レベルよ。
宝の持ち腐れよ」
「えっ? 本気は……出しているけど、でも、うまくいかない。魔法を制御できない――」
「私、やれば出来るのにやろうとしない人、言い訳をする人が嫌いなの。
制御できないなら、制御できるように練習すればいいのに」
「イズミは、自分が出来るからそう言える――」
「そういうところが、あなたの悪いところ。
出来るから言えるって?
そうやって、逃げていない?」
「……」
「えーと、おそらく、お母さんが世界のトップレベルの魔女だから、その飛び抜けた実力と比較して萎縮しているのね。
そうでしょう?」
「う、うん、……そうかも」
「それは、比較をする相手を間違えている。
あなたは、U-18、つまり、十八歳以下ではトップレベル」
「!!」
「もっと自信を持っていいの。自信を持てば、怖い物なしよ。
たくさんの人の前で、魔法を見せつける気持ちで――」
「でも、人前で目立つのは……いやなの」
「目立っていいの」
「いいと言われても……」
「気持ちを切り替えなさい」
「そうは言っても……」
「うーん、手強いわねぇ。
どんどん、弱気になって殻に閉じこもっていく……」
「……」
「なら、もっと切実な話をするわよ。
目立つのが嫌い。出しゃばるのが嫌い。
そんな気持ちでは、スタジアムの真ん中に立つことなんか出来ないわよ」
「……」
「ほら、歓声が聞こえてきたでしょう?
でも、あんなものじゃない。
通路を出たら、想像以上に凄い雰囲気だから。圧倒されるから。間違いなく、飲み込まれるから。
――これでも、気持ちを切り替えられない?」
イズミは、歩みを止めた。
カナも倣った。
今ちょうど、波のような歓声が、通路にまで流れ込んできた。
拍手が、手拍子が、ブラスバンドの音楽が、渾然一体となって響いてくる。
観客席は、完全に、スポーツ観戦状態だ。
「スタジアムの雰囲気って、海の大波みたいなものよ。
大波に飲み込まれて実力を出せずに自滅するか、大波に乗って実力を出し切るか。
勝負に勝ちたかったら、まず、この波を克服しないとね。
今一度聞くけれど、勝ちたいのよね?」
勝ちたい。
もちろん、勝ちたい。
そうでなければ、ここに来ていない。
よく考えると、漠然と、人前で魔法の試合をする程度にしか考えていなかった。
それが甘かったことは、今、この音の洪水で気づかされた。
試合の相手は、目の前の選手だけではないのだ。
イズミの真剣な顔がカナに迫る。
「勝ちたいのよね!?」
「うん!」
「それでこそ、私のライバル!
さあ、行きましょう!」
イズミは、カナの手を取って、走り出した。
力強く握られた手の温もりを感じつつ、カナも走る。
スタートダッシュとともに、彼女の気持ちが切り替わった。
体に受ける風が、彼女の弱気な気持ちを振り落としていく。
もうこれで、先ほどみたいな逆戻りはないだろう。
通路の出口が近づいてきた。
眩しい光を体一杯に浴びる。
観客の声援のボリュームも一気に上がり、空気に圧力さえ感じる。
しかし、不思議と緊張しない。
わくわくしてくる。
本当に、心臓が高鳴る。
こんな気持ちは、カナにとって、生まれて初めての経験だった。