169.魔力を集める魔女
畏岳の麓には大小の洞窟があるが、その一つに秘密の部屋を持つものがあった。その洞窟の出入り口の前には、存在を隠すために大きな蔵が建てられていて、蔵の壁を動かさないとわからないようになっていた。
秘密の部屋には、鉄の扉が取り付けられていた。そこから中に入ると部屋の全面が板張りで、広さは三十畳ほど。一番奥に6尺幅の御簾が取り付けられていて、その奥に小部屋があるようだ。
今、部屋の中央に、正座をして頭を下げている黒ローブ姿の魔女がいる。何やら震えている様子だ。
御簾の奥から、女の低い声が聞こえてきた。
「何? ヤマト国以外からの魔力の補給によって我は覚醒できたと申すか?」
「はい……」
「この先に強大な魔力を感じるが、なにゆえ、そこから補給できなんだ?」
「あそこは魔法女学校ですが、守りが厳重で。最近は魔女の護衛が付いたスクールバスも――」
「一箇所に集まっているなら、一網打尽のはず。なにゆえ、手を抜いた?」
「いえ、妨害する魔女が――」
「なら、そやつを捕縛し、ここへ献上せよ。我が食らってやる」
「それが、相手が強すぎて――」
「ええい! 言い訳は要らぬ! 出来ぬのなら、我に魔力を捧げよ!」
叱責にビクッとした魔女は、突然、御簾の隙間から伸びてきた数メートルもの細長い手に首をつかまれた。その指も人間とは思えないほど長く、爪も指くらいの長さで先端が尖っている。
つかまれた魔女は、抵抗する間もなく御簾の奥へ引き込まれ、しばらくしてから放り出された。彼女は、黒ローブに包まれた抜け殻のように転がった。
「微、ここへ」
「はい、錯様」
すると、床の中央付近から黒ローブ姿の人物がせり上がってきた。微と呼ばれたその人物は、フードの中に顔がなくて空洞だ。
「魔力が足りぬ。これでは、魔宴が開けぬ。
生徒の魔力が欲しいが、それを妨害している魔女の目星はついておるのか?」
「はい。おそらく、十一姫かと」
「あやつか……。相手が悪い。なら、あやつ以外で生徒を守っている護衛を殺せ」
「承知」
微は、床の中へ吸い込まれた。
「貞子はおるか?」
「ここに」
すると、黒いベレー帽を被って黒いブレザーのような服を着た金髪の少年が、鉄の扉をすり抜けて現れた。顔は少年に見えるが、もちろん、魔女である。
「その扉をすり抜けるとは、なかなかの腕前」
「僕には、鉛の壁でも意味がない」
「少年になりきっておるな。昔から、物好きよのう。
それはそうと、宴の準備はどこまで進んでおる?」
「はぐれ魔女なら、ほぼ味方につけたよ。去年の世界選手権大会出場者も。ただし、そっちは、ちょっと操っているけど」
「世界選手権大会?」
「そっか、知らないか、魔法少女の世界選手権大会のこと。二年前から始まって。世界中の優秀な魔法少女が集まって、それはもう――」
「惜しい。実に惜しい。その時に一網打尽に出来たな。かなりの魔力を得られたはず」
「かなりの魔力と言えば、その時、炎竜も覚醒してね。出場者の魔法少女の魔力を次々と奪って――」
「何!? 炎竜!?」
「そう。炎竜は手に入れ損ねたけど」
「今も、蜂乗家にあるのか?」
「うん。カナって子が持っている」
「そやつをここに連れて来い」
「骨が折れるよ……」
「連れて来れぬのなら、四肢の骨を折るがよいか?」
「いやいやいや、それはひどい! 強力な仲間が周りにいて、かなり手こずるよ」
「貞子がそこまで言うのなら、偽りではないな」
「もちろんさ。僕よりも、錯様なら何とかなるかも」
「我にやらせるのか? なら、もっと魔力をよこせ」
「結局、そうなっちゃうよねぇ……。鶏と卵みたいな――」
と突然、御簾の隙間から伸びてきた細長い手が貞子の首をつかんだ。
「余計なことを抜かすな。魔力を集めろ」
「わかった……わかった……。気が……荒い……なぁ」
苦しそうに言う彼女の首が、さらに力一杯つかまれる。
「ゲホッ……ゲホッ……ゲホッ……」
「死にたくなければ、今すぐ持って来い」
真っ赤な顔になった彼女は、無言で頷いた。
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