166.蠢く魔女たち
ここは、天野山川橋から500メートルほど離れた山中の一軒家。変わり者の老婆が俗世間から逃れるために建てたと言われていて、警察や民生委員以外、誰も近づかない。
その老婆はしょっちゅう徘徊して家を空けることが多く、数日間も無人になることはざらだった。ところが、2月の終わり頃に、いつものようにふいっとどこかへ出かけた後、今度はいつまでも戻って来なくなった。
そんな家主不在の家に、珍しく雨戸の隙間から明かりが漏れた。老婆が帰宅したのではない。大人数がなにやらゴトゴトと音を立てている。
ふすまを外して8畳の和室を2つつなげた空間の中央に、黒ローブ姿の八人が円陣を組んで座った。円陣の両側に、三人と二人の合計五人の少女が手足を縛られ猿ぐつわをかまされ、ぐったりと横たわり目を閉じていた。
八人はいずれもフードをすっぽりと被っていて顔がよく見えないが、実はいずれも魔女。その中の一人の魔女が小声で話し始めた。
「今日の収穫は、これだけか?」
言葉遣いからリーダー格のようだ。これに対して、彼女の向かい側に座っている魔女が「はい」と答えた。するとリーダー格の魔女が不満そうな仕草を見せる。
「錯様に魔力を捧げるには少し足りない。車で帰宅した連中は、襲えなかったのか?」
「それが、返り討ちに遭って三人もやられてしまい、結局バス通学のこいつらだけ捕獲できました。中学の新入生のようです」
「極上の魔力を持っているのは、あの魔法女学校の生徒しかいない。宴が近いのだから急がねばならぬのだ。どんな手でも使え」
「それは承知しておりますが、相手も魔女の子供ゆえ、抵抗は覚悟せねば――」
「手ぬるい! お前の時を止める魔法をもっと使うのだ!」
リーダー格が正面に座っていた魔女を指さした途端、指された魔女が首に両手を当てて苦しみだし、体が宙に浮き上がった。
右側の魔女が「なにもそこまでしなくても」と諫めると、リーダー格は「何もしていない!」と言って驚く。
とその時、部屋の片隅にボウッと黒い煙のようなものが立ち、黒ローブ姿の人物が現れた。格好から魔女のようだが、フードをすっぽり被っているので顔は見えない。
七人が一斉にその人物の方を向いた。
「何やつ!?」
すると、その人物は若い女性の声で話し始めた。
「あら、わたくしの登場で名前がわからないなんて、どこのもぐりの魔女かしら。
普通は、匂いでわかるものよ」
そう言いながら、彼女は腕組みをして胸を張る。匂いとは、魔力のことだ。
「く、十一姫!」
「ご名答。……さてと。なるほど、なるほど。そちらさんが時を止める魔法を使ったのね。天野山川橋でバスを簡単に襲撃出来たから、おかしいと思ったわ。
――おっと、その魔法は使わせない」
宙に浮いていた魔女が魔法を繰り出す素振りを見せたので、一姫がすばやく右腕を上げて、指をパチンと鳴らす。すると、ボキッと鈍い音がして宙に浮いていた魔女が首を傾け、ブルブルと震えたかと思うとダランとなった。
七人が一斉に立ち上がる。
「あら、手間が省けて助かるわね」
今度は一姫が両手をパンと叩く。すると、七人が首に両手を当てて苦しみだし、スーッと宙に浮き上がった。
「狂先錯も、宴の準備にここまで目の色変えるとは、やり過ぎよ。どうせなら、あなたたちが食われるといいのに」
すると、リーダー格の魔女が震える右手を一姫に向かって伸ばした。
「無駄よ」
再び一姫が右腕を上げて、指をパチンと鳴らす。すると、ボキボキボキッと鈍い音が連続し、七人が首を傾げてダランとなった。
「今、魔法女学校の生徒たちに手を出されると、わたくしが困るのよ。
学校と敵対関係を作りたくないの。出来れば、魔法女学校の守護神となるの」
一姫は、リーダー格の魔女に近づく。白目を剥いてすでに絶命している魔女へ彼女が語りかけた。
「なぜですって?
……それは、あのカナさんとお友達にならないといけないから。
狂先錯の生け贄にはさせないわよ」
彼女が両手をパンと叩くと、宙に浮いていた八人が次々と落下した。
「さてと、ピカピカの中学一年生は、ホント、初々しいわね。
この仲良し五人組をどこに帰しましょうか?
うーん……。学校よね」
それからしばらくして、拉致された五人は魔法女学校の昇降口の前でうずくまっているところを教員に発見され、無事に保護された。そこにはもちろん、一姫の姿はなく、置き手紙が残されていた。
『拉致されていた五人を奪還しました。
怪我はないようです。
宴が近いので、登下校にはご注意を。
正義の魔女より』
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いくつか書き直しました。慌ててアップしたので、誤記が多くてすみません。