160.異空間へ
カナは、目の前が真っ暗になった。同時に、足が地に着いていない感じがした。
部屋の電気が消えたにしてはおかしい。床がなくなって宙に浮いたように感じるからだ。
「これは、魔法で作られた空間に違いないわ……」
独り言をつぶやいたカナは、全神経を集中して、周囲の状況を把握しようとする。
彼女は大きく頷いた。
(やはり、魔力が私の周りを覆っている。結界を作って暗闇に見せているみたい)
結界ならば、歩いて行けばどこかでぶつかるはず。
だが、迂闊には歩けない。どこに貞子が隠れているか、わからないからだ。
「リン! 真弓!」
無駄とは思ったが、二人を呼んでみる。
しかし、自分の声が暗闇に吸い込まれる。もちろん、返事はない。
とその時、前方に、ボウッと人の顔が浮かんだ。暗闇の中で首から上だけがライトに照らされたかのようだ。
もちろん、その生首は貞子だ。
「私をどうするつもり!?」
カナが鋭く問い詰める。だが、貞子はケラケラと笑っている。
「どうするかって? 決まっているじゃないか。
炎竜を渡してもらうよ。
何度も手間をかけさせるから、こうして異空間を作ることになったんだけど、このためにどれだけ魔力を使ったことか……。
苦労話を聞かせたいよ」
「いい加減に諦めて! 炎竜は渡さない!」
「そう言うと思ったよ。
……そうだ、見せたいものがある。
ほら――」
貞子が左を向くと、顔の左隣に大きくて丸い鏡のような物が出現し、そこにリンと真弓が彷徨っている姿が映し出された。
「あいつら、しつこいねぇ……。この異空間に入り込むなんて。
でも、どんどん遠くへ離れて行ってるから、ここに気づいていないみたいだね。
そして、こいつら――」
今度は右を向くと、顔の右側に同じ大きさの鏡が出現し、そこに魔獣と戦う同級生が映し出された。
「魔法女学校のクラスメイトだろう? ちょっと侮っていたよ。
あの魔獣相手にここまで対抗できるとは思ってもみなかった。
せっかく魔道書から召喚したけど、足止め程度にしかならなかったね。
いずれ、魔獣の包囲網を突破して、あの部屋に殺到するだろう。
でも、この異空間には入ってこれないよ。
校長先生は別だけどね。……あっ、君の母上もか」
左右の映像が暗闇の中に消え、貞子の顔がカナの方を向いた。
「さてと、炎竜を召喚しよう」
「えっ?」
「君がじゃない。僕がだよ」
「どうやって? 宿主の私だって召還できないのに?」
「これができるんだね」
「だから、どうやってできるの?」
「最近発見したんだ。
盗んだ二つの魔道書それぞれに不思議なページがあってね。
どちらも詠唱の言葉がとぎれているんだ。左半分、右半分って感じで。
で、そのページを貼り合わせると、言葉がつながる。
そうやって隠していたんだね、炎竜を呼び出す言葉を」
「!!」
「これが長いんだ。しかも、高速詠唱しないといけないときた。
それがこれさ」
宙に浮く貞子の顔が、早口言葉並の高速詠唱を始めた。
生首が、聞き取れない速さで詠唱し、炎竜を召還する。
ゾッとする光景である。
とその時、カナの胸の谷間付近で、ドクンドクンと大きな鼓動が聞こえてきた。