154.車を追う魔獣
まだ雪が残っているマンション前の歩道では、真弓が自動運転車を横付けにして、カナたちを待っている。
爆破された車と同じ型なので、事件を思い出したカナは歩みがのろくなったが、マイコに急かされて渋々乗り込んだ。
後部座席にマイコとカナが乗り込むと、運転席に真弓が急いで乗り込んできた。
「奥様。
同行を予定していた警備の車が一向に現れないのですが」
「まったく……想定通りの行動をしてくれるわね」
「では、プランBで?」
「それで行けるところまで」
「承知いたしました」
車は、雪道を急発進する。
たちまち、車窓の景色が恐ろしい速さで後方へ飛んでいった。
加速で背もたれに体をぶつけたカナは、目を丸くする。
「お母様、こんなに急いでどこへ行くのです?
それと、プランBって?」
しかし、母親は前を向いたまま、答えない。
「お母様――」
カナの顔の前へ、母親の手のひらが向けられる。
「話は後で」
遮られたカナは、おそらく誰かが追いかけてくるのだろうと推測し、後部のガラス窓へ振り返る。
――来た。
50メートルほど後方に、黒い煙の帯のようなものが追いかけてくる。
道を曲がると見えなくなるが、直進すると見えてくる。
カナは「あれは何?」という言葉を飲み込んだ。
尋ねたところで、答えてくれるとは到底思えなかったからだ。
だが、幸いなことに、真弓が答えを口にしてくれた。
「この車のスピードに付いてくるとは、かなりしぶとい魔獣ですね」
「あれは黒豹。
逃げた魔獣の中で、一番足が速い。
しかも、警備の車をやるくらい朝飯前の魔獣よ。
それにしても、貞子は呆れるほど用意周到だこと」
「留置場からの遠隔指示で動いているのでしょうか」
「もうすでに塀の外よ」
「やはり、魔法警察は頼りないですね」
「最初から、わかっていたけれど……」
「しかし、しつこいですねぇ。
あの魔獣を倒しますか?」
「そのためには、車を止めないと。
それは出来ないので、使い魔に時間稼ぎをさせます」
マイコはそう言うと、指をパチンと鳴らした。
カナは、何が起こるのだろうと後方を振り返ると、突然、窓ガラスが黒い煙のようなもので遮られた。
たちまち、その煙は大型犬の姿になる。マイコの使い魔のハウプトマンだ。
ハウプトマンは、車から飛び降りて、迫り来る黒煙の帯へ突進した。
彼らの格闘は、車が急カーブを曲がったので見ることは出来なかった。
車は再び直進したが、追いかけてくる黒い煙もハウプトマンの姿もない。
「足止めに成功したようですね」
「当然です。
あとどれくらい?」
「2分もあれば到着します」
その時、カナは魔法女学校の校門が通り過ぎるのを見た。
――もうここには通わなくなるのだろうか。
そう思うと、居ても立ってもいられず、答えのないであろう問いを母親にぶつける。
「お母様。
もう学校には通わないのでしょうか?
隔離されるのでしょうか?」
すると、マイコがゆっくりとカナの方へ向いた。
「学校の授業は受けられるので、心配は要りません」
「でも、学校は通り過ぎて――」
「行けばわかります」
カナは、再び前を向いた母親の横顔をジッと見つめていた。