152.研究所の裏稼業
野次馬の目から見て、うつむき加減のカナは、近くを通りかかって腰が抜けた通行人に見えていた。
顔はあまり見えていなくても、イズミとフユミは、気が気ではない。
カナは、魔法少女世界選手権大会の優勝者。
先日の魔法女学校前での爆破事件がニュースになった時、マスコミは「あの優勝者が通う学校前の事件」と書き立てた。
なので、ここにいるのがカナだとバレると、騒ぎが大きくなりかねない。
彼女たちは、駆けつけた警備員に相談し、いったん控室に匿ってもらうことにした。
ところが、警備員は魔女をよく思わない一般人であったため、カナたちを不審がり、いかにも被疑者を拘束しているかのように魔法警察へ通報した。
駆けつけた魔法警察の署員は、一般人から通報があった場合は魔女を被疑者として扱う規則であるため、いったんは三人を連行した。
カナたちは取り調べを受けたが、爆破は憑依した炎竜の犯行であったためカナの記憶にはなく、本人からの証言は「インタビューを求められた後の記憶がない」という以外、何も得られなかった。
魔法警察は、大勢の人々が集まるショッピングモールの割に、目撃情報や証拠映像が乏しいことに驚いた。彼らの下に集まってきた情報は、以下のようなものしかないのだ。
・カナに似た少女が、駐車場でカメラマンたちと一緒にいるところを見た。(複数の証言)
・しかし、テレビの中継車に乗り込むところを見たという証言はない。(これは、鹿野目が、人目に付かないようにカナを誘導して乗り込んだため)
・事件当時、駐車していた中継車は、爆破された1台のみ。
・しかし、どこのテレビ局もその日はカナへの取材をしていないので、中継車を出していない。中継車は偽装されていた可能性がある。
・監視カメラの映像に映っている顔は、変装しているようで、身分証明書などでデータベースに登録された顔写真と一致しない。もちろん、現在失踪中の人物の顔写真とも一致しない。
・完全に燃え尽きた車の中に、遺体はない。彼らは、逃走したのか、一緒に燃え尽きたのかは不明。
魔法警察側もお手上げなので、母親のマイコが呼び出された。
カナを見た彼女は、魔法をかけられた痕跡がごくわずかだが残っていることを確認した。
誘拐されそうになって車を爆破した可能性があるとの見方もあったが、結局のところ証拠不十分として、警察はいったんカナをマイコへ引き渡すことにした。
実際は、どうだったのか?
それは、カナに憑依した炎竜が、火炎で三人を灰も残らないほど焼き尽くし、カナの周りに結界を張ってから、偽装中継車を爆発させた。それから、カナを建物の壁際に移動し、結界を解除。炎竜が再び眠りについた後で、カナは意識を取り戻した。
なお、いずれは、国立魔法科学研究所の所長と研究員二名が失踪したという情報が、魔法警察にも飛び込むことだろう。
だが、三人がカナのような世界トップクラスの魔法少女から生体データを盗んで企業に転売しようとしていたことは、誰がどこまで知っていたのか不明であるし、知っていたとしても絶対に証言しないであろう。それは、買い取る企業側も同じである。
なので、しばらくは事件の真相が解明されないままになると思われる。
マンションの部屋にカナたちと戻ったマイコは、イズミとフユミへ声をかけた。
「あなたたちのやった行動は、謹慎ものですよ。ずっと家の中でかわいそうと思うのは、わかりますが」
「「申し訳ありません」」
二人は、ただただ、うなだれる。
「それで、イズミさん。
警察には言っていないこと、いくつかありますよね?」
「はい。
カナにかけられた魔法は、かなり強力な催眠魔法です。はっきりと痕跡が残っていましたし」
「強力な催眠魔法をかけられる人物は、数人に限られています。
それ以外に、カナの周辺にいた不審者、例えば、学校に出没していた怪しい人物も知っていますね?
桑無貞子は除いて」
「聞いた話ですが、最近学校の周辺で、なんとか研究所のアンケートに協力して、という女がいたそうです。
またその女と禿げ頭の男の人がいたそうです」
「もうバレバレですね。
その研究所の女と催眠魔法をかけた人物が同一人物なら、鹿野目定美です。
彼女は、片手に入るほどの催眠魔法のベテランです。
そうなると、男の人は馬場貝小次所長です。
カナを連れ去ろうとしたのは、彼らでしょう」
ここで、イズミが身を乗り出した。
「やはり、警察に言った方がよいのでしょうか?」
「いいえ。国立魔法科学研究所は、以前から胡散臭い組織。
今のイズミさんの話で、今回の事件は、おおよそわかってきました」
「と、おっしゃいますと?」
「彼らがカナを連れ出そうとしたのは、魔法少女の研究のためです」
「研究?」
「カナが小さいとき、一時期、研究に協力したことがあるのです。
なぜ、これほどまでの魔力を持っているのかを、調べるためでした。
でも、化け物扱いするし、興味本位でいろいろ体を調べようとするしで、こちらから協力を辞退したのです。
すると、しつこく、何度も協力しろと言ってきて、政治家を使って圧力をかけてきたので、しばらくは困っていました」
「今は、どうなのですか?」
「時々ありますよ」
「では、迷惑であることを警察に――」
「彼らもどこでどうつながっているかわからないので、しばらくは様子見をしていましょう」
その後、平謝りするイズミとフユミは、優しいカナの言葉に送られて帰宅した。
玄関のドアが閉まって、しばらくドアを見ていたカナは、気配を感じて後ろを振り返った。
廊下にマイコが立っている。
カナは、答えがわかっていても、母親に確認したくなった。
「お母様。
どうしても、彼らは私のデータが欲しいのでしょうか?」
「もちろんです。
誘拐もどきの手口を使ってでも、世界レベルの魔法少女のデータを手に入れる。
それは、そのデータに大枚を叩くクライアントがいるからです。
あなたも、気をつけなさい。
何せ、魔法少女世界選手権大会で、炎竜が覚醒してしまったのだから」
「はい、お母様」
カナは、服の上からソッと胸の谷間に手を当てた。