150.偽のキャスター
自宅謹慎が始まったカナ。それをかわいそうに思ったイズミとフユミが、翌日の休日にこっそりと買い物へカナを連れ出した。
買い物くらいならいいだろうという安易な発想だが、これでは謹慎とは言えない。
だが、イズミたちにしてみれば、疑似魔法を使った一般人から脅されていたところを助けてくれた恩人――と言っても助けたのは真弓――であるから、早めにどこかのタイミングで恩返しをしたかったのである。
三人は、少し離れたショッピングモールへ出かけた。
カナは、ちょっと出かけてくるという気軽さから、真弓とリンの同伴を断った。
実際、ウィンドウショッピングをして、軽食を食べて、サッと帰ってくるという計画だった。なので、厳重な警戒は要らないだろうと思ったのも、仕方がない。
三人はおしゃべりをしながら歩いていたが、実は尾行している女がいたことには、最後まで気づかなかった。
ショッピングモールは、そこそこの混雑ぶりだった。
目移りするくらいたくさんの洋服は、色彩豊かでデザインも素敵。
試着を何度も繰り返し、着飾った自分を鏡に映し、互いに見せ合い、大いに楽しむ。
店によっては、店頭にない服をディスプレイに映し出して、自分の画像と当てはめてくれるので、試着している気分になる。
様々な形をした小物は、可愛さに溢れていて、つい手に取ってしまう。
あれもこれも欲しくなってしまうので、自分の欲求を抑えるのに苦労する。
食べ物もそうだ。
こればかりは、あれもこれも試食できないので、値段と相談しつつ、味を想像して決めるしかない。
いざ、メニューが決まると、互いに食べている物が気になる。
それで、少しずつ交換する。これが、実に楽しい。
そんなこんなで、買い物と食事を満喫した後、そろそろ帰ろうかとなった。
駐車場近くを三人で歩いていると、イズミが立ち止まった。
「カナ。ちょっとトイレに行ってくる」「私も、ですです」
「じゃあ、私、ここで待ってる」
イズミとフユミが、トイレに向かうのを見送ったカナは、駐車場の歩道に立ち、周りの様々な自動運転車を眺めていた。
と突然、後ろから駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。
振り返ると、白いスーツを着てマイクを持ったセミロングの若い女性と、肩にカメラを抱えた角刈りのカメラマンが小走りに近づいてくる。
(こんなところに、取材?)
女性はニュースキャスターに見えるが、なんとなく、動きがぎこちない。
面倒くさいので逃げようとしたカナだが、女性に追いつかれて諦めた。
「蜂乗カナさんですよね?」
「え、ええ……」
「先日は優勝おめでとうございます」
「はあ」
「ちょっと、取材、よろしいですか?」
女性は、カナにマイクを突き出す。
何を質問するのだろう、とカナは女性の目を見た。
すると、彼女の黒い瞳に吸い込まれそうになり、頭がクラクラしてきた。
(あっ、これってミヤビさんの……)
カナは幻影魔法か何かをかけられていると思ったが、幻影は見えず、体が自分の意志とは異なる動きをする。
「何でもどうぞ」
もちろん、そんなことは思ってもいない。でも、言葉がそう出てしまうのだ。
「では、向こうでお話をしましょう。
私の後を付いてきてください」
「はい」
女性は、来た方向とは反対方向に歩み出す。
自分の意志が働かないカナは、彼女の背中を見ながら後を付いていった。
女性を先頭に、カナとカメラマンは建物の壁に沿って、しばらく歩いて行く。
一行がたどり着いたのは、駐車場からかなり離れた、建物の裏口に近い場所だった。
そこに、テレビ中継車が止まっていて、中年の男が運転席から顔を覗かせている。
男は、女性たちが近づいてくるのを見ると、運転席から降りて、中継車のドアを開けた。
三人がそこに吸い込まれると、男は「よくやった」と女性に声をかけて乗り込み、ドアを素速く閉めた。