149.強運に感謝
ここは、校長室。
どっしりとした黒檀の机に向かって座る馬貝校長。
その正面には、左からアカリ、カナ、通常バージョンの灯子の順に、うなだれて立っている。
「……事情は、わかりました。
でもそれは、今回の件を同意した、と言うことではありませんよ」
カナは、唇を噛む。
「カナさん。
あなたは、わたくしが尊敬して止まない魔女であるマイコ様のご令嬢でありながら、判断が甘く、行動が軽率でした。
なぜあのような危険な真似をしたのです?
あなたの軽率な行動のせいで、車は破壊されてしまい、使用人も使い魔も負傷したではないですか」
「…………」
「相手は、有名なはぐれ魔女。
札付きの殺し屋ですよ!」
涙が止まらないカナは、顔を上げることが出来ない。
「先生方も、カナさんが魔法少女世界選手権大会の優勝者だからといって、力量を過信し、放置した責任を免れることは出来ません。
三人とも、自宅謹慎三日間の処分とします。
二度とこういうことのないように。
いいですね?」
三人は、無言で深々と頭を下げた。
「まあ、わたくしも、あのような輩を敷地内に入れた責任があります。
すぐにでも警備を強化しましょう。
また、近くに女子寮を確保することも検討します」
校長は立ち上がって、後ろの窓辺まで歩いて行き、外を眺めた。
「生徒を一般人から隔離はしたくないのですが、こうも危険が迫っているのではやむを得ません」
とその時、カナが顔を上げた。
「申し訳ありません。
全ては、私が炎竜を宿していることが原因です。
私を退学させてください」
「なりません」
「なぜですか?」
「教育を受ける権利は、基本的人権の社会権です」
「なぜ法律で縛るのですか?
私は、一般人が口を揃えて言うように、化け物です。
一般人と一緒になれません」
「どこに化け物がいるのです?
魔法使いは化け物なのですか?
あなたは、そう考えているのですか?」
「…………」
「あなたは、魔女である以前に、人間なのですよ。
何人も、あなたから権利を奪うことは出来ません。
それに、法律があなたを縛っているのではなく、あなたを守っているのです」
「みんなを危険な目に遭わせたくありません。
それには、私が退学する方が――」
「お友達が悲しみますよ。
自己犠牲で格好良く聞こえますけれど、所詮、この場から逃がれたいがための方便。
本意ではないでしょう?」
「…………」
「今回みたいな非常に危険な状況で、この程度ですんだ強運に感謝しなさい。
あなたの周りには、優秀な使い魔がいます。
命をかけてでも守ってくれる使用人がいます。
そのことに感謝するのです」
「校長先生は、ケル兵衛をご存じなのですか?」
「ええ。
ハカセも、ハウプトマンも、ルクスも、リンも。
昔からのなじみの使い魔です。
もちろん、冬来真弓も。
彼女は、私の生徒でしたから。
もっと言うと、蜂乗家の初代も教えたのですよ」
「先生は、おいくつなのですか!?」
「女性に歳を聞いてはいけません」
馬貝校長は、振り返って、優しく微笑んだ。