148.和服姿の世界的魔女
和服姿の老婆の背丈は、アカリよりは少し低い程度で、すらっとして腰は曲がっていない。
白髪を肩まで伸ばし、目を細めて口元に笑みを湛えているので、「品のいいおばあさん」に見える。
ところが、そんな彼女は、寒気がするほど強大な魔力を周囲に放っているのだ。
もし、周りにアカリや灯子がいなかったら、カナは魔獣が化けていると思って引き返したであろう。
「カナ! 急いで!」
イズミが手招きをする。
後ろが見えていないカナは、危険が背中のすぐ後ろに迫っているのだと思い、大股でイズミのところまで走った。
「怪我しているの!」
「わかった!」
イズミは、カナからリンを受け取ると、昇降口の奥へと走って行った。
カナは、ここで初めて後ろを振り返った。
遠くで、ケル兵衛が獅子と取っ組み合って戦っている。
どうやら、力は互角のようで、噛みついたり前足で一撃を食らわしても、どちらも怯まない。
とその時、老婆が動いた。
「ちょっと、行ってきますね」
彼女は、雪道を下駄で歩いて行き、途中で優しく声をかける。
「ケル兵衛や。ちょっと離れなさい」
カナは、老婆がなぜケル兵衛の名前を知っているのだろうと不思議がる。
ところが、ケル兵衛は、自分にかけられた言葉が聞こえたらしく、横っ飛びで獅子から離れた。
すると、獅子は、近づいてくる老婆を見てビクッとし、ゆっくりと後ずさりを始めた。
彼女の強大な魔力を、獅子が感じ取ったに違いない。
「まあまあ。この学び舎の敷地でおいたをする子は、いけませんわねぇ」
そう言いながら、老婆はスッと左手を前に突き出した。
その刹那――、
ボオオオオオオオオオオッ!!
獅子が轟音とともに炎に包まれる。
のたうち回って苦悶する獅子は、たちまち光の粒となって消えた。
あっという間の出来事に、カナを始め生徒たちは驚愕した。
ところが、アカリも灯子も、ニヤリとして驚きもしない。おそらく、この老婆の魔法攻撃を知っているのだろう。
「あらあら。そんなところで様子を窺って。
誰の許可を得てこの敷地に入ったのかしら?」
今度は、老婆は左手を斜め左前の木の方へ向ける。
すると、「ギャッ!」という叫び声が聞こえて、木の陰から黒いブレザー姿の金髪の少年が放物線を描いて宙を飛び、雪の上に叩きつけられた。
貞子である。しかも、胸と足が黒い鎖でぐるぐる巻きになっている。
「ひどいなぁ。ベレー帽が脱げたじゃないか」
「あら、そうみたいね」
老婆がすまし顔でそう言うと、木の陰から黒いベレー帽が飛んできて、貞子の頭の上にスポッと乗っかった。
「こりゃ、どうも」
「どういたしまして。
……ところで、あなた。
今朝もここで、おいたをしていたようね?」
「おいただなんて……。
ちょっとお話をしたい生徒さんがいて――」
「おやまあ。
誰かさんに乗り移ってまでしてお話をするとは、どのようなご用件だったのかしら?
しかも、強力な結界を張って人払いをして」
「大事なお話ですよ、プライベートの」
「ずいぶんとあちこちに迷惑をかけるお話し合いでしたわねぇ。
それはもう、おいたの範疇ではないかしら?」
そう言いながら、老婆は左手を貞子の方へ突き出す。
「や、やめろ!!」
青ざめた貞子が、転げ回って術から逃れようとしたが、全くの無駄だった。
全身から放電する彼女は、激しく体をくねらせる。
「ちょっと、魔法警察が来るまで、大人しくしていてもらいますよ」
魔法警察とは、魔法使いの犯罪を主に扱う警察で、警察官全員が魔法使いである。ヤマト国では魔女がほとんどなので、圧倒的に女性が多い。
「ちっくしょー!
くそババアめが!」
「おやおや。
お里が知れますよ」
老婆は、左手に力を入れる。
すると、全身から無数の放電が始まった。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
体をくの字にしながらバタバタと暴れる貞子は、ついに力尽きる。
彼女は白目を見せ、口から泡を吹いて失神した。
一部始終を見ていたカナは、アカリに尋ねた。
「あの人は誰ですか?」
「あの人?
そうか、校長室へ挨拶に行かなかったな」
「校長室?
ということは、校長先生!?」
「そう」
「!!」
「あの人は、馬貝エリ校長。
世界三大魔女である蜂乗マイコの次に強い魔女。
つまり、魔女の四天王の一人だよ」