147.負傷したリン
爆風が熱気とともカナをも襲い、彼女は踏み荒らされた雪道の上に尻餅をついた。
同時に、飛ばされた真弓は背中から落下し、二度弾んで動かなくなった。
近くを歩いていた通行人は、恐怖におののく。
近隣の家々から、大音響に驚いた住民が次々と飛び出してくる。
炎に包まれた車は、タンクのガソリンを遙かに超える量の引火性の物質が燃えているらしく、黒煙を狼煙のように高々と上げている。
ところが、その黒煙の中から、銀色に光る獅子が現れた。車の屋根の上にいるようだ。
それを見た人々は、恐怖に怯えて叫び声を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。
獅子は逃げる者たちへは目もくれず、カナを睨み付けると、燃える車の屋根から歩道へ飛び降りた。
リンは、獅子が飛び降りるのを見るや否や、今度は前足を突き出して詠唱する。
「守護の魔神よ、汝、その多大なる力を我の前に示せ!
かの者の周りに防壁を作りて、
災禍をもたらす邪悪な者どもから、直ちに引き離せ!」
すると、仰向けに横たわる真弓が、黄緑色の光に包まれたかと思うと、宙に浮いた。
そして、空中で半透明の白い球体に包まれ、ひとりでに学校の方へ飛んでいく。
とその時、リンの近くで、ポフッと白煙の塊が現れ、それが白猫になった。ルクスである。
「あら、あんたも来てたの?
珍しい」
「珍しいじゃねぇ!
お迎えのお勤めが、あんだろうが!
……で、来てみたら、何だこの騒ぎは?
あの銀色の獅子は?」
宙に浮いて腕組みをするルクスが、顎で獅子を指し示す。
すると、獅子はルクスの魔力の大きさに気づいたらしく、歩みを止めて警戒した。
「いきなり出てきたから、知らないわよ。
でも、あんな低級な魔獣は、私一人で十分。
それより、真弓がやられたの」
「ああん? あいつがやられるわけねえだろ。
百年以上生きている魔女だぜ。
鎧みたいな生地のメイド服だって着てるし」
「たぶん、爆風のショックで気絶しているだけ。
今、球体に入れて後ろへ運んだから、見てあげて」
ルクスは、前足でワンツーのストレートを繰り出して言う。
「俺にも、こいつの相手をやらせろよ。
お前と俺がいれば、瞬殺だろう?」
「こいつ、一匹じゃないの。
魔獣は、まだいる。
貞子が背後にいるから、分散して侵入する可能性がある」
ここへ、カナが補足する。
「奥に二一宮フユミさんが待機している。
回復魔法のスペシャリストだから、回復をお願いして」
「ちっ! しゃーないぜ!」
ルクスは、名残惜しそうにワンツーのジャブとアッパーを繰り出して、半透明の球体を追いかけた。
カナは、宙に浮いて悠然と構えるリンを見上げる。
「ルクスがお迎えに来たということは、他にも――」
「そうね。
うちの使い魔、もうそろそろ全員集合のはずよ」
それを聞いたカナは、勇気を振り絞って立ち上がり、半身の構えを取った。
「ねえ、リン。
今までの二匹も入れて、このライオンみたいの、盗まれた魔道書から出てきた魔獣よね」
「おそらくね。
炎竜を狙う貞子の手先になっているのは明らかよ。
単独でここまで派手に騒ぎを起こすはずがないわ」
「と言うことは、七匹いたから、あいつを入れて残り五匹ね」
「かしら。
じゃあ、ちゃちゃっと、やっつけ――」
と突然、宙に浮いていたリンが、雪の上に落下した。
「リン! どうしたの!?」
カナがしゃがみ込んで、両手でリンを抱き上げる。
すると、左手がヌルッとした。
手のひらを見てみると、鮮血が付いている。
「リン! しっかりして!!」
「――っ!
左肩をやられたわね。
油断……したわよ……」
「何があったの!?」
「かまいたち。
おそらく、近くに貞子が潜んでいるはず。
ここはいったん、引いて!
学校に戻って!」
「わかった!」
カナは、リンを抱えながら、昇降口へと急いだ。
それを見た獅子は、二人を追う。
滑る雪道ではあるが、獅子の方が走りが早かった。
背後に迫る足音に、カナが絶望を感じたその時、前方に白煙と黒煙の塊が現れた。
新たな魔獣!?
絶体絶命か!?
しかし、それらは、白フクロウとケルベロスの姿になった。ハカセとケル兵衛だ。
「任せろ!」
ケル兵衛が牙を剥いて、獅子に襲いかかる。
「後ろに即席の結界を張ったから、行きなさい」
ハカセはそう言いながら、遠くの方を警戒する。
「ありがとう!」
カナは、昇降口へと急いだ。
すでにそこでは、イズミ、ナツ、ミヤビ、ハルが昇降口の前で手を振っている。
フユミとルクスと真弓が見えないのは、おそらく、奥で治療中だからだろう。
もうあと10メートルくらいで、昇降口だ。
とその時、四人の後ろから、ジャージ姿のアカリと長身の大人バージョンの灯子と、和服を着た柔和な顔の老婆が現れた。