146.鋼鉄の体毛を持つ魔獣
偽の真弓は、校門のそばでジッとカナを待っているようだ。
このまま近づいて本当に大丈夫なのか、心配になってきたカナは、足を止めた。
すると、偽の真弓は、校門から学校の敷地内へ入ってきた。
「カナ様、お車へどうぞ」
声質はそっくりだが、真弓のイントネーションではない。
「あなた、偽者ね」
「何をおっしゃいます?」
カナは、躊躇うことなく指笛を吹いた。
その音が辺りに響き渡ると、偽の真弓がムッとした表情になる。
「ほら。顔に出ている」
「小娘め!
謀ったな!」
すると、真弓の姿がスーッと銀色の四つ足動物に変化した。
銀色の体毛が鋼鉄の針のように鋭く、顔が豹に似た魔獣だ。
『ガルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルッ……』
喉を鳴らす野獣の低い唸り声が、カナたちを威嚇する。
「こんな低級の魔獣は、私の相手じゃないわよ!」
リンは、二本の前足を万歳の格好にして詠唱する。
「炎の魔神よ、汝、その万物を焼き尽くす力を我の前に示せ!
かの者の周りに鉄をも溶かす紅蓮の業火を集め、
灼熱地獄となりて、一塵の灰をも残さぬ、火葬の儀を始めよ!」
すると、轟音とともに魔獣の周りに炎が現れる。
だが、炎に包まれたまま、魔獣はカナの方へと駆け寄ってきた。
驚いたカナとリンは、慌てて後退する。
そこに、ロッドを持った本物の真弓が校門から入ってきた。
事態を瞬時に把握した真弓は、詠唱して弓を取りだし、矢を同時に三本放つ。
全ての矢が魔獣を捉えると、魔獣はビクビクッとしたものの、倒れない。
それどころか、後ろを振り返って真弓の方へ飛びかかった。
真弓は、後方へ跳んで回避したが、魔獣はそれ以上の速さで距離を詰める。
「危ない!」
最後の力を振り絞ったであろう魔獣が真弓に飛びかかったので、カナは思わず叫んだ。
だが、真弓は上方に高く跳び上がり、空中で再び矢を同時に三本放つ。
勢い余って通り過ぎた魔獣だが、放たれた全ての矢が魔獣を追尾して、深く突き刺さった。
今度こそ、魔獣は力尽きて倒れ、燃えさかる炎の中で光の粒となって消滅した。
アクロバットでも見ているかのような、華麗な真弓の動きに、カナは声も出ない。
「真弓もやるわね」
リンも、彼女の動きには感嘆の声をあげる。
「お怪我はありませんか?」
息を切らさずに話す真弓が不思議なカナは、ボーッとして返事もしない。
「お帰りになりますか?」
「あ、鞄を持ってくる」
「では、車を横付けしておきます」
真弓は、校門から出て歩道に立ち、右側を向いた。
なんて頼もしいのだろう。
どうしてここまで冷静に戦えるのだろう。
カナは、学校へ向かいながら、何度も真弓の方へ振り返る。
すると、送迎用の自動運転車が、真弓の前で止まったのが見えた。
(そうだ。イズミもフユミも乗せてあげよう)
カナがそう思った瞬間、大音響とともに車が炎に包まれ、真弓が宙に吹き飛んだ。