144.予知の見落とし
午後の授業は、社会などの退屈な教科が続き、最後は魔法の基礎のおさらいであった。
しかし、カナのクラスの生徒たちは――アキを除いて――予知のことが頭から離れない。
特に、カナを真ん中にして周囲を取り囲むように皆が下校すると、偽のメイドにカナもろとも全員の首が狩られるというのだ。
首が宙に浮いて鮮血が吹き上がる様を想像するだけで寒気がし、とても授業に身が入らない。
しかし、カナが単独で行動をするという。これで、予知は確実に変わる。
アキはいつものように、教室の隅で座り込んでいる。
彼女のうつろな目は、何を見る。
新しい予知か。
予知を聞いた者が行動を変えることによって刻々と変化する未来か。
「アキさん。
今日は教えてくれてありがとう」
カナは、魔法の授業が終わり、まだ座り込んだままのアキに声をかけた。
魔法の実技の時だけ参加し、それ以外は体育座りをしていたアキが、ゆっくりとカナを見上げた。
「なるほどね。
そういう風にするんだ」
「うん」
二人は、頭の中で未来を共有する。
カナの口元がほころぶ。アキは、口を固く結んだままだ。
アキが視線を切ったタイミングで、カナは黒板の方を向いた。
席に着いたままの五人が、振り返ってこちらを向いている。
「みんな。とにかく、ここを動かないで」
誰も頷かない。
「本当に、一人で危にゃくにゃいのかにゃ?」
「うん、任せて」
カナはミヤビに手を振って、コートを羽織り、教室を出た。
ただし、鞄は机の上に置いたまま。
誰も、「忘れ物」とは言わない。
彼女がそれを取りに戻ってくることを確信していたからだ。
カナが教室を出ると、ジャージ姿の何条アカリが、腕組みをして壁にもたれて待っていた。
「お待たせしてすみません」
カナが駆け寄ると、アカリが少し弾みをつけて壁から離れる。
「奴は、本当に桑無じゃないんだな?」
アカリは、「桑無」という言葉を口にすると、眉をつり上げた。
「はい。
私を殺すのは、本人ではなく、その人が盗んだ魔道書から解き放たれた魔獣です」
「魔獣というからには、四つ足じゃないのか?」
「何にでも化けますから、二本足の人間にもなります」
「なるほど。
もう一つ疑問がある。
桑無は、お前の炎竜が欲しいはず。
魔道書から解き放ってやった魔獣が、桑無が炎竜を奪取する前にお前を殺すと、元も子もないだろう?」
「いえ、アキさんの予知には、間違いがあるのです」
「間違い?」
「間違いと言うよりは見落とし、いや、見えなかったと言うべきでしょう。
アキさんが予知した私が殺される場面は、炎竜が奪われた後なのです」
「何だって!?
どこで奪われるんだ!?」
「偽の真弓さんに遭遇する前です」
「なぜ、それが予知に出てこないんだ?」
「結界が張られるからです。
朝、ユカリさんと私だけが消えたのですが、それは結界が張られたからです。
その中で、私は憑依した炎竜の力で結界を破りました。
そこから先は、先生とうちの真弓が戦ったので覚えていらっしゃると思うのですが」
「そういうことか!
理解した!
だから、見えなかったのか」
「はい、その通りです」
「それで、用済みになったお前を殺す。
炎竜が再び戻る器を壊す、ということか」
「はい」
「あー、すっきりした!
ずっとモヤモヤしていてね」
「早く種明かしをしてしまうと、先回りされて運命が変わりますから。
ギリギリまで、申し訳ありませんでした」
「いいさ。仕方ないことだ。
でも、本当にその結界の中に飛び込むのか?
危険じゃないのか?」
「先生方に行動される方が危険です。
誰かが巻き添えになります」
「わかった。
知らない振りをしているよ。
そして、休憩時間に教えてくれた『あのタイミング』で、救出に行くからな」
「その時はお願いします」
「そういえば、メイドさんには、どういう行動をしろと伝えているんだ?
先回りされると困るだろう?」
「私が合図するまで、騙されたままでいるように伝えています。
おそらく、警察とかに化けた魔獣が、真弓を車から引き離すはずです。
不審に思わず、それに従えと伝えていますので、大丈夫です」
「わかった。
……本当は止めないといけなんだが、生徒を危険な目に遭わせるのは教師として辛いよ」
「すみませんでした。
でも、止められる方が危険で、犠牲者が増えます。
ですので、私にお任せください」
カナは一礼をして、昇降口へと向かった。




