141.ユカリの謝罪
カナの座席は、真ん中の列の一番後ろになった。
と言っても、座席は三列三行の九つしかないので、それほど後ろでもない。
彼女は、自席から級友の背中を見る。
一緒に魔法少女世界選手権大会に出場したのは、イズミとミヤビのみ。偶然だろうが、二人とも長女だ。
他は、次女以下で会っていない。つまり、大会に参加したのは、姉になる。
最前列の左から、美男子みたいな六隠ハル。
今も眠そうにウトウトしている三奈田ナツ。
ビクビクしている二一宮フユミ。
二列目左から、自分の席を離れて、また教室の隅で座り込んでいる壱番矢アキ。
今は仲良しの五潘イズミ。
椅子の上で体育座りしている四石ミヤビ。
自分の両側は、空席だ。
この方が落ち着くのだが、寂しくもある。
退屈な国語の授業と英語の授業が終わると、15分休憩。
何人かが、体をほぐすために伸びをしながらおしゃべりが始まると、突然、教室の前のドアから、ユカリが入ってきた。
思わぬ上級生の登場。しかも、あの七身ユカリだ。
教室の空気が、一気に張り詰める。
「カナは、いるか?」
そう言いながらも、ユカリはすぐにカナの顔を見つけて、手招きをした。
「来いよ」
「ちょっと待って」
そう言ってイズミが立ち上がり、カナはユカリが見えなくなった。
「――お前か」
「何の用?」
「カナには何もしないから、怖い顔すんな」
「なら、一緒について行っていい?」
「ああ、ちょうどいい。お前も来てくれ」
カナは、イズミに先導されながらユカリの後を付いていき、教室を出た。
どこかに連れ出すわけではないらしく、ユカリはすぐに立ち止まった。
そして、振り返ると、いきなり深々と頭を下げた。
「今朝は助けてくれてありがとう」
「い、……いえ」
今まで見たこともない態度に、カナは返す言葉が思いつかなかった。
「全く覚えていないんだ。
いつ憑依されたのかも。
それと……」
ユカリは、言いにくそうな顔をして、小声で言葉を続ける。
「イズミ。
お前には、大会では……ひどいことを言った。
カナ。
お前にも、ひどいことをした。
……あ……謝る」
そして、また深々と頭を下げた。
「これからも……同じ学校に通うことだし……仲良く……できたら」
「急にどうしたの?」
イズミは、腕を組んで首を傾げる。
「あれから、ママに叱られたんだ」
カナは、まさか自分に対する破廉恥な行動への叱責ではないだろうか、と顔が赤くなる。
イズミも目撃しているはずだが、彼女はそれには触れず、冷ややかに言った。
「なぜ優勝しなかったか、って?」
「いや、選手に怪我させたから」
それはルシー王国代表のナディア・ラフマニノフのことだろう、とイズミもカナも思った。
「勝つためには、何をしても良いと勘違いしていた。
本当に謝る! ゴメン!」
「謝るなら、ナディア・ラフマニノフに言って」
「それが……」
ユカリが、ぽろぽろと涙を流し始めた。
「意識が……まだ……戻らないんだ」
イズミは心を痛め、カナはもらい泣きをした。
「試合中に起きたことだからって、ルシー王国側も訴えないらしいけど……。
どうすればいい?」
イズミとカナは、顔を見合わせた。
アドバイスを求めるまでもないだろう。
カナは涙声で答える。
「お見舞いに行ってあげて」
「……だよな。
うん。ありがとう」
ユカリは、再び頭を下げた。
「そういえば――」
彼女はすぐに、頭を上げた。
「誰が憑依していたか、知っているか?」
カナは、一瞬だが言うべきかを迷った。
しかし、「桑無貞子」と答える。
ユカリの顔が見る見る青ざめていく。
「十一姫に次ぐ危険人物。
……やっぱりそうか」
「そうかって何?」
「完全に意識が乗っ取られたから。
ハイレベルの魔法使いなら、憑依されてもいくらかは意識を保てるけど、それがなかった。
そんな高度な憑依が出来るのは、あの二人しかいないからさ。
……とにかく、ありがとう」
ユカリは軽く手を上げると、廊下を歩く他の生徒の視線を気にしながら、逃げるように立ち去った。