138.体育教師アカリ
カナは、憑依した炎竜の力で結界が破壊された直後に、意識が戻った。
再び炎竜が眠りについたらしく、彼女の双眸は、焼けるような灼眼から美しく輝く翡翠眼に戻り、混乱の跡が残る雪道を見渡す。
何条アカリと呼ばれたジャージ姿の女性は、歯ぎしりをして悔しがった。
「桑無の奴、何しに来やがった!」
その言葉にハッとしたカナは、結界内の出来事を心の内側にしまい込んだ。
「あー、お前ら、さっさと教室に入れ……って、新入り、いや、転校生ばかりだな」
アカリは、ミナからイズミまで、ぐるっと見渡す。
「あのー,先生ですよね?」
マコトの質問に、アカリは眉間に皺を寄せる。
「用務員に見えるか? ああん?」
「すみませんでした」
「私は、国立ヴァルトトイフェル魔法女学校の風紀取り締まり担当の魔女、何条アカリだ。
お前ら全員とは、体育の時間で会うことになろう」
「今……全員とおっしゃいましたよね?」
ミナが、挙手をして質問する。
「ああ、そうだ。私は小学生から高校生までの体育担当だ」
「そんなに担当されるのですか?」
「そんなに生徒がいるとでも思っているのか?」
「いえ、初めてここに来たものですから……」
「小中高の全校生徒を合わせても、一般人の学校の2クラス程度だぞ」
「そうなのですか。すみませんでした」
「それより、もう時間がないから、行った、行った!」
アカリは、鞭を持っていない方の手で、ミナたちをシッシと追いやった。
カナは、学校の正面玄関前でミナたちと別れ、フユミとイズミの後を追う。
フユミの案内で、下駄箱の自分の場所を確認した。
ところが、ここでチャイム――本鈴が鳴り出した。
三人は、クラスの部屋へと急ぐ。
「中一は七人、って言っていたわよね?」
小走りに廊下を急ぐフユミの背中へ、イズミが声をかける。
「い、イズミさんとカナさんを入れて、ですです」
単純な小学生の計算なのに、イズミは指で数える。
「ってことは、今行くと五人」
「い、いいえ、私がいないので、よ、四人のはず……ですです、が」
「が?」
「み、みんないるか、わかりません、ですです」
廊下の角を曲がると、「中1A」と書かれた札が見えてきた。
――ここが新しい教室。
カナは、心臓がドキドキしてきた。
冷たい視線が待っていないだろうか。
またいじめられないだろうか。
フユミを先頭に、イズミと心配顔のカナが教室に飛び込んだ。
そこで、三人が見たものは、教室の角で膝を抱えて座っている一人の少女と、九つの空席だった。