137.砕け散る結界
貞子の剣幕にも、カナは動じない。
「そうは言っても、私の意志ではどうにもならないから、無理よ」
「おやおや、そんな凄い物を内に秘めているのに、出し方がわからないと?
なるほどね。
制御できないんだ」
「悔しいけど、そう」
「なら、出してあげるよ。
ん? 出来るのか?って顔しているね。
大丈夫。
なにせ、出し方は、あいつがテレビの前でバラしてしまったから」
そう言って貞子は、式神たちの方へ振り向き、「やれ」と命令する。
カナは、三人の女生徒――式神に取り囲まれる。
彼女たちは、両手を突き出した。
ところが、三人はたじろいだ。
カナの全身が光り輝き始めたのだ。
これには、カナ自身も驚く。
「おっ? 何をおっぱじめるのかなぁ?」
貞子が身を乗り出した。
とその時、カナがブルブルッと震えたかと思うと、両目が燃えるような灼眼に変化する。
そして、両手を一杯に広げ、取り囲んでいるうちの二人の方に手のひらを向けた。
その刹那、手の先に魔方陣が現れ、そこから火炎が噴射された。
炎を浴びた二人は、一瞬にして火に包まれ、光の粒となって消えた。
カナは、今度は正面に両手を突き出す。
轟音を立てて噴射された二つの炎の柱は、一つは残りの式神を燃やしたものの、もう一つは横っ飛びした貞子に交わされた。
「おやおや、炎竜様のご登場かい?」
転がった体を起こした彼女は、今度は、周囲を見渡す。
結界の外が、何かに執拗に攻撃されているらしく、ビリビリと揺れている。
「外は外で、この結界を破ろうとしている奴がいる。
出来もしないくせに、無駄なことを」
「こんな結界など、笑止」
カナは、腹が震えるような低い声を出す。
「炎竜に憑依されてる。
まだその段階かぁ。
惜しいなぁ」
「正拳突きが巻き起こす風だけで、こんな結界なぞ壊してみせる」
「大きく出たねぇ……って、炎竜ならやりかねないか――」
と貞子が言い終わらないうちに、カナは左腕で正拳突きをする。
信じがたいことだが、それだけで突風が現れ、結界に激突した。
バリバリバリバリッ!!
周囲の結界が無数の破片となって崩れ落ち、光の粒となって消える中、元の世界が現れた。
すると、カナの後ろにいたジャージを着た女性が鞭を持ち、貞子の後ろにいたメイド――真弓がロッドを持っていた。
ジャージ姿の女性が鞭を振ると、それはゴムのように伸びて貞子の体に巻き付いた。
一方、真弓がロッドを突きつけ、「――捕縛!」と詠唱すると、貞子は縄で巻かれた。
「おやおや、二人がかりとは、卑怯じゃないかい?」
ミナたちは、ジャージ姿の女性の後ろから行く末を見守っていたが、見知らぬ女性が捕縛されているので、目を白黒させた。
「貴様は、桑無貞子だな!
学園の不法侵入は、何人たりとも、この私が許さない!」
ジャージ姿の女性が青筋を立てて怒る。
「いいじゃないか、何条アカリ。
ちょっと散歩に入ったくらいで。
それに――」
貞子が後ろを振り向いた。
「冬来真弓までいるじゃん。
君も不法侵入じゃない?
何条アカリが許さないって言ってるよ」
「わたくしは、カナお嬢様の護衛。
お前とは訳が違う」
「はいはい。今日は、豪華なメンバーだねぇ。
でも、君達の魔法は――」
次の瞬間、鞭と縄を抜けた貞子が宙を浮いた。
「手抜きかい?
ゆるゆるだよ。
それじゃ」
そう言い残して、彼女は空気に溶け込むように消えた。