135.消えたカナ
カナたちを乗せた車が校門前に停止する前から、満面に笑みを浮かべたイリヤが、両手をブンブンと振りながら迎えに走ってきた。
ところが、その顔が徐々に真顔になっていく。
見知らぬ同乗者の姿が車窓の向こうに見えたのもあるが、近づく強力な魔力を感じたからだ。
窓ガラスを覗き込むイリヤは、カナを見つけて笑顔で手を振ったが、隣の二つの顔に目が行くと、また真顔に戻った。
ドアが開いて、ばつ悪そうに降りるフユミと、むすっとした表情で降りるイズミが雪の積もった歩道に立つと、イリヤは頭のてっぺんからつま先までジロジロと眺めた。
「あっ、イリヤ。友達を紹介するわね。
手前は、にいみや――でいいんだっけ、にいみやフユミさん。
そしてこちらは、五潘――」
「知っています。カナお姉様の敵です。
しかも、突然消えたと聞いています。
その人と、なぜご一緒に?」
とその時、ミナとマコトが近づいてきた。
「あらあら、カタツムリのカナ、はっけーん」
「イリヤ。それより、ほら。やりたかったことを伝えたら?」
「はい、マコトお姉様。
カナお姉様。お姉様たちとイリヤとで、せーの、で一緒に校門をくぐりましょう!」
「わかった、イリヤ。
ごめんなさい。
それで待っていたの!?」
「はい! イリヤは、いつでもどこでもいつまでも、お待ちしております!」
「ミナお姉様、マコトお姉様、遅くなりまして、申し訳ありません。
――そうだ、イリヤ。
お友達も一緒でいいわよね?」
「それは微妙ですが……、お姉様のご提案とあれば……」
こうして、イリヤを真ん中に、横一列に並んだ六人が、一斉に魔法女学校の敷地に足を踏み入れた。
イリヤは、マコトとカナに両側から手をつないでもらって、スキップしながら歩いて行く。
それを親子だと笑うミナが後に続く。
そんな四人の後ろ姿を羨ましそうに眺めるイズミとフユミが続いた。
女学校の校門から100メートルほど先に、赤煉瓦色の洋館のような校舎が、登校する生徒たちを迎える。
魔法少女のために設立されたのは昨年の夏、と聞いていたカナたちは、古風で歴史さえ感じる建物にギャップを感じながら、すでに踏み荒らされていた雪道を歩いていた。
道の両脇は、雪を被った常緑樹が行儀良く並ぶ。
左奥は鬱蒼とした木々、右奥はまだ生徒が未踏の雪原が広がっていた。
おそらくそれは、芝生かグラウンドだろう。
キーンコーン、カーンコーン……
なんとも古くさい鐘の音が、辺りを眺めるカナたちの耳を叩く。
予鈴と思われる響きに、全員が歩幅を広げた。
その刹那――、
「おいおい、男が来るところじゃねーぞ!」
六人の背中をど突く太い声に、全員が振り返る。
マコトはため息をつき、ミナは眉根を寄せる。他の四人は声の主を睨んだ。
そこには、七身ユカリが、三人の生徒を従えてふんぞり返っていたのだ。
ユカリは、一人一人の顔を数えるように頭を上下させながら眺めていたが、イズミの顔を見た途端、明らかに動揺した。
聞こえないように「なんで、てめーが……」とつぶやいた彼女は、気を取り直してマコトを指さした。
「てめー、スカート穿けば女学校の校門をくぐれると思うなよ!」
「どこに男がいるって言うんだね、ユカリくん?」
マコトが、フユミとイズミの間を割って、ユカリに近づいた。
後から登校した数人の女生徒が、十人を遠巻きにして、逃げるように校舎へ向かう。
「おーっと。よくよく見たら、第一回大会の負け犬か」
「最初から知っているくせに、今気づいたふりなんかして……」
「このユカリ様に、哀れにも瞬殺された――」
「開始から2分後だけど」
「無駄とは知らずに、おもちゃの剣をぶりぶり振り回して――」
「その割には、ユカリくんの自慢の鎖が切れたがね」
「なんだぁ? やるのか?」
「何も言っていないじゃないか。
そっちから、やるって――」
「うるせぇ! あんときの恨みを晴らしてやる!」
「勝者が敗者に恨みを晴らすって、普通、逆だろう?」
「そうだ、その前にっと」
「聞いちゃいない……」
「そっちの女に用があるから、勝負はその後な」
その言葉に、イズミは身構えた。
だが、ユカリの視線はイズミの方を向いていなかった。
「その女、借りるぜ」
ユカリがそう言うと、右手を高く上げて指をパチンと鳴らした。
と突然、カナの姿が消え、続いてユカリと取り巻きの三人も姿を消した。
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