132.魔女真弓VS疑似魔法使い
「――上昇!!
――爆破!!」
黒い影が声高に叫ぶ、最小限に切り詰められた略式詠唱。
その直後、男たちの青い火の玉付近に、輝く魔方陣が出現した。
すると、玉は攻撃者の手から逆らうように離れ、10メートルほど急上昇し、パーンと打ち上げ花火のような音を響かせて消え失せた。
「何だ何だ何だ!!??」
空中を見上げた男は、慌てふためく。
「お嬢様。ここは、わたくしにお任せください」
黒い影が背を向けたまま、落ち着き払った声で、そう言った。
真弓だ。
彼女は、どこに隠し持っていたのか、右手にロッドを握っている。
長さ18インチ、約45センチメートルのアッシュ材――トネリコで出来た杖だ。
「野郎! あの生意気なメイドを攻撃しろ!」
カナの近くにいた二人が、青い火の玉を振りかぶる。
もちろん、身を挺してカナを守るメイド――真弓に向かってだ。
再び、彼女は詠唱する。
すると、二人の火の玉にも、魔方陣が現れた。
そして、スーッと上昇し、同時に爆発。
それだけではない。
残り五人の火の玉も次々と同じ運命をたどった。
爆発音の残響が、広い公園にこだまする。
「出たあああああっ!」
「やっべええええ! 逃げろ!」
「殺されるぅ!」
「ひいいいいいっ!」
男たちは、雪に足が滑り、もつれながら逃げ惑う。
真弓は、逃走者たちに向けてロッドを突きつけた。
「――捕縛!」
詠唱の後、八人全員が磁石に引きつけられるがごとく、一箇所に集まってきた。
慌てふためくさまは、喜劇でも見ているかのようだ。
逃れようと手足を伸ばす彼らは、その意志に反して、押しくらまんじゅうを始める。
そこに、空中から縄が現れ、全員まとめてぐるぐる巻きにされた。
八人は、雪の上へ無様に座り込む。
真弓はすかさず、ロッドで空中に円を描きながら詠唱する。
「出でよ、忠実なる我が僕たちよ」
すると、真弓の近くの雪上に、無数の光の粒が現れた。
それらは、急速に集まり、七つの塊になる。
塊は、みるみるうちに大人の背丈大に伸びていき、眩しいほど輝いた。
その光が消えると、スーツを着てサングラスをかけた七人の男たちが出現した。
彼らは、恐ろしい速さで雪の上を駆けていき、捕らえられた男を取り囲む。
ここで初めて、真弓がカナの方を振り向いた。
「お嬢様。この後は、あの者たちが輩を警察に引き渡します。
騒ぎを聞いたときに警察を呼びましたから、あと3分で駆けつけるはずです」
「正当防衛でも、魔法は禁止のはず!
どうするのですか!?」
「相手への魔法による攻撃、および相手の攻撃に対する魔法による反撃は、確かに禁止されております。
しかし、事前に警察の許可をもらうという条件付きですが、逃走者の追跡、および捕縛に魔法を用いるのは、禁止されておりません」
「それは、本当ですか!?」
「はい、お嬢様。
ですから、奥様が警察機関に魔法で協力できるのです。
事前の許可で、一部の魔法だけですが、一般人へも使えるのです」
「知らなかった……」
「先ほど警察を呼んだとき、捕縛に魔法を使うことの許可をもらいましたので、ご安心ください」
とその時、向こうからイズミたちが近づいてきたので、カナは声の調子を変えて、聞こえるように主人らしく振る舞った。
「そう。ご苦労様。後はお願い」
真弓は、後ろから近づいてくる足音に気づき、振り返る。
「あのお二人は同じ学校のようですから、一緒にお車で登校されてはいかがでしょうか」
「そうね」
カナは、真弓の横を歩き、徐々に早足になる。
そうして、満面の笑みを浮かべながら、イズミたちのところへ駆け寄った。