130.魔法発動の兆候
「ちょ、ちょっと!
雪なのに、加速するの!?」
「お嬢様。他のお車と間が開いてしまいましたので、挽回するためです」
「それって、あたしのせい――と言いたいの?」
「滅相もございません。
時間の挽回の判断は、車が自動で行っておりますので」
「何? それって、決められた時間に到着しようとするから?」
「左様でございます」
雪道を快走する自動運転車は、乗っている方がヒヤヒヤしてくる。
実際、自動運転がどこまで対応できるか、試される場面が続出した。
四つ角の手前で急に減速したかと思うと、左から子供がひょっこりと顔を出す。
人が隠れていることを何らかの方法で感知したのだろう。
横をすり抜けたバイクが蹌踉めくと、回避しようと、減速しつつ迂回する。
前方が渋滞していそうに見えると、迷うことなく、狭い脇道へ入っていく。
道路状況を俯瞰して、全ての車、歩行者を把握しているシステムが、車の最適な動きを決めているかのようである。
しかも、一度も止まらない。
驚いたことに、エンジン音がほとんど聞こえないし、揺れもさほど感じない。
雪道の凸凹がなければ、カップになみなみと注がれた紅茶でもこぼれないであろう。
20世紀に、車内の静けさを形容する表現として「聞こえるのは、時計の針の音だけ」と宣伝した例があるが、さらに「感じるのは加速くらいだ」と付け加えたいほど。
加速が体に掛からなかったら、居間のソファにくつろいでいるような錯覚を覚えたに違いない。
車窓を流れる景色に、時折気になる物が見える。それを、視線で追う。
それ以外は、ボーッとして退屈な時間。
快適な運転は、どうやら、手持ち無沙汰の人間には睡眠を誘うようである。
「お嬢様。もう少しで学校に到着いたします」
「そっ。眠っ」
あくびを始めたカナ。
とその時、
キィィィィィイイイイイーン…………
彼女の心にしか聞こえない微かな音が届いた。
そう遠くはない。
これはおそらく、発信源の近くでは、体を貫くほどの強烈な魔力のはず。
カナは、ゾクッとし、あくびを途中で飲み込んだ。
「止めて! 魔法が発動されるみたい!」
「わたくしも感じました」
「でしょ!?」
「でも、市中の魔法に関わってはいけないと、奥様が――」
「止めなさい! ここでは私があなたの主人です!」
「はい、お嬢様」
車は、真弓の手動操作で急停止。
前のめりになるカナと真弓を乗せながら、車はスリップし、車の向きが少し斜めになった。
何も持たず、左のドアを押し開いて飛び出すカナ。
(お願い! 魔法で一般人を巻き込まないで!)
彼女の直感が語りかける。
まだ見ぬ現場だが、魔女VS一般人、魔法VS疑似魔法、に違いないと。
カナは、ガードレールを軽々と跳び越えた。
その足は、踏み荒らされた雪を蹴る。
すぐ近くには、雪を被る木々が生い茂った公園が。
彼女は、その中へ突進した。