129.メイド服は鎧
カナは、視線を向ける先として、電線に止まって丸くなっている雀たちを対象に定めた。
だるまのように見える雀たちが、チチチッと鳴いて、首を動かしている。
その可愛い仕草に、つい口元がほころぶ。
とその時、運転席側のドアがバクンと開く音が左耳に飛び込んだ。
彼女は目だけ左側へ向ける。
すると、真弓が、柔らかさに欠けた衣擦れの音を立てて乗り込んでくる。
すべすべした生地で、可愛いメイド服のはずなのに。
不思議を通り越してちょっと怖くなったカナは、運転席に座る真弓の一部始終を、まん丸な目で追った。
そして、勇気を出して声をかけてみる。
「その布、なんか堅そう」
「左様でございますか?」
「こっちが聞いてるの。
まさか、薄い鎧?」
「さすがはお嬢様。もうお気づきでいらっしゃいますね?」
「さすがかは知らないけど」
「この服は、普通の布ではございません」
「布じゃない?
やっぱり、鎧?」
「まあ、近いです」
「曖昧な答え方、しないで。
時間の無駄」
「申し訳ございません、お嬢様。
これは、軍事用の特殊な繊維で出来ておりまして、至近距離からマシンガンで掃射されても、弾丸を弾き飛ばし、衝撃も吸収いたします」
「……」
「千枚通しのような鋭い錐でも刺さりません」
「……無駄に凄いわね」
「これも、お嬢様をお守りするため。
無駄ではございません」
「あっそ」
真弓は静かにドアを閉め、バックミラーを少し動かす。
ミラーが映し出したカナは、呆気にとられる。
驚くのも無理はない。
いつの間にか、真弓が赤いアンダーリムでスクウェアタイプの眼鏡を着用していたのである。
その素早さは、まるで魔法。
体が固まったカナの顔へ、空調の温風が吹きかかった。
「運転するの?」
「いいえ、自動運転でございます」
「なら、運転しないんでしょう?
そう言えばいいのに」
「緊急事態の時は、わたくしが手動運転いたしますので、そうは申し上げられません」
「いちいち細かいのね」
「お褒めの言葉――」
「褒めてない……。
なら、その眼鏡。目が悪いの?」
「いいえ、お嬢様はご存じの、魔法の伊達眼鏡でございます」
「ああ、あれね」
「左様でございます」
二人の謎の会話が終わると、真弓がどう操作したかは不明だが、車は滑り出すように発車し、雪道にもかかわらず、どんどん加速していった。