128.送迎用の自動運転車
カナは、真弓の格好を頭からつま先まで、撫でるように眺めた。
「ガウンを着ればいいのに。
それに、雪なんだからローヒールじゃなくて、ブーツがいいわよ」
カナは、もう一度、雪に埋もれる真弓の靴へ視線を落とす。
「この服装でお迎えに上がるようにと、奥様から――」
「そんなの、無視すればいいのに。
私の専属でしょう?
なら、これからは、私の言うとおりにして」
使用人にとって、当主――カナの母親の命令は絶対的。
なので、真弓は正反対の意見に困惑しつつ、無言で頭を下げる。
一方で、予定の行動を遅らせることはなかった。
手袋をはめていない右手の握りこぶしの親指が、わずかに動く。
握っている小型リモコンのボタンを押したのだろう。
すると、カナから見て右側5メートルのところに停止していた黒塗りの車が、ウィーンと音を立て、ひとりでに動き出した。
車は、タイヤで雪を踏みつける音を立てながらも、スリップすることなく近づいてくる。
そして、後部座席のドアがカナの立っている位置の正面に向くように寄せて、ピタリと止まった。
運転手がいないのに、である。
しかも、ドアが「さあ、どうぞ」と言わんばかりに、バクンと音を立てて開いた。
「お嬢様――」
「はいはい、乗るわよ。
――それはそうと、人前で『お嬢様』は、やめてね」
カナは、再び頭を下げる真弓と、貴人を物珍しそうに見つめる管理人の順に視線を移し、体を座席へ滑り込ませた。
スプリングが効いてユラリと揺れる車体。
手をついた真っ白のカバーの下から、真新しいシートの皮の匂いがする。
車の中でしか嗅ぐことの出来ない、独特の匂いだ。
そのカバーの上で体をスライドさせるカナは、尻を男の視線でくすぐられている感じがして、深いため息をついた。
(ホント、迷惑……)
彼女は後部座席の右のドアにもたれ、窓に右肘を突き、右手に顎を乗せる。
そして、車外に視線を固定させたい適当な対象物を捜しつつ、左側にいる管理人の方向へ意識だけを向けた。
左耳が、マイクのように、外の微細な音を拾おうと懸命になるので、ジンとしてくる。
すると、
「行ってらっしゃいませ」
管理人が使用人の真似をしてかけてきた言葉を、左耳が拾った。
カナは、疑似魔法信奉者の馴れ馴れしさに舌打ちをする。
登校初日の彼女にとって、最悪の一日の始まりだ。
それが、この一連の出来事だけではないことは、数分後に判明する。