127.カナ専属のメイド真弓
3分後。
四人の小型端末が一斉に振動し、車の到着を示すポップアップ画面が現れた。
彼女たちは、新車へ期待を膨らませながら、ミナを先頭にマンションを出る。
自分専用の自動運転の車。まるで、セレブみたいだ。
新しい専属の使用人も、どんな人物か。
こちらは、不安がないと言えば嘘になるが。
正面玄関を出ると、真横に走る車道までの30メートルを、ちょうど年配の男性が雪かき中だった。
彼は、管理人。
車道の方へ向かって、黒い手袋をはめた両手を斜め下に突き出す格好をしている。
すると、彼の前に積もった雪が、除雪車のように、右横へ吹き飛ばされていく。
そのまま彼が前に歩けば、道が露出するのだ。
スコップのような道具などない。
これは、明らかに疑似魔法。
「ご苦労様です」
「あ、おはようございます」
「「おはようございます」」
ミナの挨拶に、管理人が笑顔で振り返り、マコトとイリヤも挨拶をした。
ただし、カナは、無言で斜め下に視線を落としたままだ。
「便利になりましたわねぇ」
「ですねぇ。雪かきがこの手袋で力を入れなくて済むのですから。
雪が多い地域には必需品です。
疑似魔法というのを考えた人、すごいですね。尊敬しますよ。
ホント、魔法のようです」
『そんなの、魔法じゃない……』
そうつぶやいたカナは、管理人が露出させた道ではなく、左側に積もっている雪へわざと足を踏み入れ、無言のまま管理人の横を通り過ぎる。
当然、まとわりついているイリヤも雪に足跡をつけながら、ぴったり歩調を合わせた。
「お嬢ちゃん。そっちは雪が深いし、歩きにくいよ」
「大丈夫です」
カナは顔を上げず、雪に向かって冷たく答える。
「カナは、雪を踏みたい年頃か」
「マコト、それはイリヤよ。
カナはイリアを思って、ああしているのよ」
「カナお姉様!
イリヤは、ますますお姉様を好きになりました!」
「そういうことにしておく……」
カナは、なおもうつむいたまま、歩を進める。
とその時、彼女は忘れ物を思い出した。
なくてもいい物だったが、不愉快だから、ちょうどいい。
「お姉様、イリヤちゃん、ごめんなさい。
忘れ物を取りに戻るから、先に行ってて」
カナは、残念がるイリヤに背を向け、小走りに部屋へ戻っていく。
しかし、彼女の頭の中は、正直言って取りに行くほどでもない忘れ物の在処がどこかなど考えていなかった。
ただただ、見たくもないものを見た不快感で満たされていた。
(疑似魔法なんか、魔法じゃない。
単なる科学。
魔法を真似て、喜んで、得意がっているだけ。
そして、本当は、みんな、真の魔法が使える私たちを化け物扱いにしている……)
カナの足取りが鈍った。
ふと、脳裏をかすめる直近の事件。
まただ。
五人の恐喝の場面。救急車のサイレン音。それらが頭の中を駆け巡る。
少し涙ぐむカナが再びマンションを出た時、管理人は雪かきを終えていて、歩道に立つメイド服の女性と立ち話をしていた。
その女性は、カナの姿を認めるや否や、真正面を向いて深々とお辞儀をした。
管理人は彼女の視線をたどり、釣られて軽くお辞儀をする。
(あの人が、私専属の真弓さん?
でも、護衛するのに、なんでメイド服姿?
あれじゃ寒そう……)
カナの半眼に映るのは、彼女的には懐古趣味とも思える、20世紀後半からアニメなどで取り上げられていたメイドの典型的な姿。
その黒と雪の白のコントラストが、雪景色の中で不思議と映える。
今でもメイドはあちこちで活躍しているが、服装は大きく違っている。
亜麻色のショートカットの上に、黒いリボンが揺れるフリル付きの白いメイドキャップ。
ややカナより背の低い彼女を包むのは、クラシックスタイルで膝上までの丈のメイド服。
フリルの付いた白いエプロン。黒のオーバーニーソックス。
そして、スノーブーツではなく、雪には不向きのはずのアンクルストラップ付きローヒール。
真弓がなかなか頭を上げないので、カナは途中から大股で急いだ。
その道が、管理人が除雪した道であることに気づいたときは、軽く舌打ちをしてしまったが。
「ごめんなさい。お待たせして――」
「もったいないお言葉を頂戴いたしまして、恐縮でございます」
ようやく顔を上げた真弓は、顔の前でフワッと白い息を吐き、メゾソプラノの声でカナを迎えた。
カナとそっくりの締まったフェイスラインに、下がり目、低い鼻、桜色の唇。
彼女は、冬来真弓。
うら若い美女のメイド。
だが、彼女は、母親マイコの親が生まれる前から蜂乗家に仕えている、年齢不詳の人物。
到底、人間の寿命を越えている。
彼女も、魔女なのだ。