122.転校初日の雪
1月10日朝8時。
昨夜から雪をこれでもかと地表へ落とす厚い雪雲が、未だに天候を科学で制御できない人間どもを嘲笑う。
カナは、紅色の襟が付いた白色のセーラー服と紅色のミニスカートの姿で窓辺に立つ。
彼女は、バターをたっぷり塗ったトーストをかじりながら、雪をかぶる建造物を見下ろす。
そして、天空に不気味な起伏を作る雲を恨めしそうに眺めた。
転校初日から、雪の洗礼。
今年もツキがない。
強制的に学校を転校させられたことに、まだ腸が煮えくりかえる。
気持ちがそちらに向かうと、またあの日の出来事が脳裏に浮かんでくる。
カナは、セーラー服の左胸のポケットに縫い込まれた認識票を、布の上からソッと押さえた。
この認識票は、名刺サイズで柔らかい素材のもの。
名札、学生証、生徒手帳、入館証を兼ねていて、学食など施設利用時の(学内利用のみ有効な)電子マネーまでチャージできるようになっている。
当然、非接触型である。
なお、制服を別人のものと交換しても、入館や電子マネー利用時は顔認証がプラスされるので、なりすまし利用はできない。メイクを施して、そっくりさんに変装しても駄目だ。
そう。この認識票。
学校が違っても、システムは同じだから、これも以前と同じ。
だから思い出す。あの忌まわしい出来事を。
◇◆◇■□■◇◆◇
カナは、五人の男子生徒に、無人の教室へ連れ込まれた。
そして、強引に財布を取り上げられる。
「てめえ、しけた財布だなぁ。ああん?
これじゃ、五人分の朝飯も昼飯も夕飯も買えねえぜ」
「おやつもな。ちょーベリベリ腹減ってんだよ。
俺ら、せいちょーき、だっし」
「これしか財布に入ってねえって、どう考えてもおかしいぜ。
優勝して賞金をたんまりもらってんだろ?」
「親に取り上げられるったって、小遣いくらい出るはず。
持ってねえことねえのは、わかってんだよ!」
「……そっか。服の認識票に、あらかたチャージしてるってことか。
なら、一緒に来いよ。
全員分の金をこれから払ってもらおうじゃねえか。
そんくらい、端金だろ?」
「おい、いやとは言わせねえぞ。
だいたい、魔女らが人間の金を持ってるってえのが気にくわねえ。
てめえらバケもんは、山ん中に住んで、悪霊とか魔物とか食らってりゃいいんだよ」
「グツグツと釜で煮込んでな」
「それに、魔力が使える能力者だからって、使えねえ俺らに見せびらかしやがって。
ちょーしに乗ってんじゃねえよ!」
「魔法少女は、一般人を見下してんだろ?
俺ら、下等動物以下かよ? そんなに偉いんか?
何様だっつーの!?」
「おっと、手を出すんかよ。
なら、その手をへし折ってやろうか?
この手袋に込められた『疑似魔法』は、大人の十人分の握力が出るんだぜ」
「おい、魔法少女さんよ。そんな手で、真似できんのか?
そして、ナイフも、ほれ、こうやって魔法のように出せるんだぜ」
「そのナイフの先で、顔に平行線を何本も書いてやれよ。傷口が塞がらないようにな」
「魔女には、醜い顔がお似合いだよ」
「逃げんな! こらあ!
こっち来いよ!
てめえがいねえと、顔認証ができねえぜ!
服だけ脱がしても金が降ろせねえだろうがよ!」
「んだ、てめえ!
やんのか!?」
「うわっ! 髪の毛が輝いて、逆立ってきたぜ!
これだから、バケもんは!」
「あっ! 魔方陣だぁ!!」
足下に魔方陣を出現させたカナは、全身が光に包まれた。
すると、一斉に、すべての机と椅子が宙に浮き上がる。
「「「「「わわわわわっ!!」」」」」
それらは五人を巻き込みながら、教室の廊下側の壁に次々と激突し、積み上がった。
さらに、巻き起こった疾風で、その壁一面が吹き飛び、廊下の窓ガラスが粉々に砕け、窓枠ごと中庭に散乱した。
重傷を負った五人は、恐喝者から一転、魔法の被害者を演じた。
彼らの保護者は、当然、カナを訴える。
最終的には、示談となったが、これでカナは謹慎処分。
カナの無実を信じるミナ、マコト、イリヤは、被害者面を通す五人の属する不良グループの挑発に遭い、魔法を行使した結果、彼女たちも謹慎処分となった。
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