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魔法少女と黒猫リン  作者: s_stein
第二章 魔法女学校
117/188

117.盗まれた魔導書

 30分後。


 ピンク色のパジャマ姿のカナは、ダイニングテーブルの椅子に腹立たしさをぶつけるため、軽くジャンプして尻から落下した。


 そして、両手の拳でテーブルを強めに叩く。



 ジンとくる拳は、熱を帯びてきて、チリチリとかゆくなる。


 彼女は、もう一度叩こうと思ったが、テーブルが真っ二つになりそうなので、諦めた。


 詠唱すれば、指一本でも割れるのだから、理性を働かせる必要がある。



 テーブルの隅に常駐している、カナお気に入りの数学の参考書が、音を立てて開かれた。


 むしゃくしゃした気を紛らわすため、パズル本のつもりで彼女はよく開くのだ。



 彼女は、本に吸い込まれるように、目を落として集中する。


 深紅のロングヘアの毛先を、白い指に絡める。


 翡翠色の双眸が活字を追う。


 桜色の唇が時々動く。



 西洋人ほどではないが、高い鼻のおかげでハーフっぽい、アイドルのような美少女。


 彼女が本を読む姿は、画家の創作意欲をくすぐるはずだ。



 しばらくすると、カナはうとうとし、船をこぎ始めた。


 襲う睡魔には勝てず、ついに、参考書の上へ顔を伏せて寝てしまう。



 数分後、彼女は顔を上げ、半眼のままロングヘアを掻き上げる。


 そして、ぱっつん前髪の上から額を三本指で()でながら、50インチ薄型3Dテレビの方へ振り返った。



 このテレビは、巻紙のように丸められ、ポスターのように壁に貼ることのできるタイプ。


 貼り方が下手くそだと、少し曲がってしまう。



 ちょっと曲がった真っ暗な画面にぼんやりと映る、怠惰な生活が染みついた自分の姿。


 怠惰になったのは、事件で長期間謹慎したせいだ。


 黒画面をバックに、直近の大事件や、過去の自分が引き起こした大小様々な事件が、頭をよぎる。


 事件で離れていった友達の顔が、浮かんでは消えていく。



 潤む両眼。


 滲む視界。


 少し前に乾いたばかりの頬をまたもや濡らす涙。



 握りこぶしに力が入る。参考書をテレビへ投げつけたくなる。


 だが、自暴自棄になった自分の姿は、頭の中に(とど)まった。


 堪える両手が、小刻みに震える。



 過去を忘れたい。


 全てを白紙に戻したい。



(何が、魔法は人間の究極の力よ!

 結局、化け物呼ばわりじゃない!

 この力さえなければ、今回の謹慎だって――)


 生まれながらの魔力を捨てて、一般人の、どこにでもいる普通の女の子に戻りたい。


 だが、蜂乗(はちじょう)家が魔女の家系であるからには、許されるはずもなかった。



 高ぶる気持ちを落ち着かせるため、彼女は椅子から滑るように降りて、ちゃぶ台風の丸テーブルの前に腰を下ろした。


 二十一世紀も半ばをとうに過ぎているのに、前時代的というかレトロな家具は、まだあちこちの家庭に残っていて、彼女の住む部屋も例外ではない。



 とその時、テーブルの下から黒猫がヒョコッと顔を出した。


 灼眼の瞳がカナを見上げる。


「リン、おいで」


 カナの声を待つまでもなく、リンは音もなくご主人様の左側に近づき、寄り添い、彼女の左腕と脇腹と腰を順に温める。


 部屋の温度は、完璧に空調管理が行き届いて適温のはず。


 だが、外気は、太陽が出ているとはいってもまだ寒い。


 窓ガラス付近の空気が冷やされ、それが対流して少し肌寒くなるのだ。



 さっきから、リンの長い尻尾がカナの背中を軽くトントンと叩いている。


 もちろん、催促の合図だ。


「テレビでも見よっか?」


 そう言いながらカナは、斜めに転がるリモコンを左手で奪うように取って、テレビ画面の下の方へ向ける。


 電源オンから立ち上がるまでの待機時間は2秒以内だが、それを待ちきれない親指がボタンを押しまくる。


『今月の新商品は、この疑似魔法――』 ピッ……


『車の自動運転はここまで来た。先進技術で、もっともっともっと、やっちゃえ――』 ピッ……


『今日午前八時四十分頃、天野山川(てんのやまかわ)の河川敷で、男性と思われる焼死体が発見されました』


(うそっ!? この近くじゃん! 怖っ――)


『損傷はひどく、年齢は不明。所持品はなく、警察は身元の割り出しを急いで――』 ピッ……


『ご家庭の面倒な家事は、このアンドロイドにお任せ。今すぐお電話――』 ピッ……


『さあて、おいくらなんでしょうね、この中世末期の古文書』


『売って海外旅行の費用になればいいんですがね』


『では、査定の結果を見てみましょう――』


 カナのせわしなく動いていた親指が、隣り合うボタンの間で凍り付き、彼女の背筋に戦慄が走った。


(えっ? えっ? まさか!?

 今開いているページのあの幾何学文様って……あの盗まれた魔導書じゃない!?)


 体が固まる彼女の眼に、電光掲示板のアップが映る。


『オープン・ザ・プライス! 一、十、百、千、万、十万、百万――』


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