116.凍える街
[第二話の主な登場人物]
<蜂乗家の人々>
カナ…………………………主人公。三女。中学一年生。世界五大魔法少女の一人だが魔法の制御が下手
ミナ…………………………長女。高校二年生。回復魔法が得意
マコト………………………次女。高校一年生。魔法より剣術や武術が得意
イリヤ………………………四女。小学五年生。召喚魔法が得意
マイコ………………………四姉妹の母親。世界三大魔女の一人
リン…………………………黒猫。カナの使い魔
ハカセ………………………白フクロウ。ミナの使い魔
ルクス………………………白猫。マコトの使い魔
ケル兵衛……………………ケルベロス。イリヤの使い魔
ハウプトマン………………大型犬の形状をした黒煙。マイコの使い魔
<蜂乗家の使用人>
冬来真弓……………………カナ専属のメイド。各種魔法に長けている
<国立ヴァルトトイフェル魔法女学校の学校関係者>
馬貝エリ……………………校長先生。蜂乗マイコに次ぐ力を持つ魔女
浅黄灯子……………………蜂乗カナの担任の先生。魔女
何条アカリ…………………熱血体育教師。風紀取り締まり担当。魔女
<国立ヴァルトトイフェル魔法女学校の生徒>
七身ユカリ…………………七身家の次女。高校一年生。爆裂魔法が得意
六隠ハル……………………六隠家の三女。中学一年生。変身魔法が得意
五潘イズミ…………………五潘家の長女。中学一年生。火炎魔法が得意
四石ミヤビ…………………四石家の長女。中学一年生。幻影魔法が得意
三奈田ナツ…………………三奈田家の三女。中学一年生。オールラウンドプレーヤー
二一宮フユミ………………二一宮家の次女。中学一年生。回復魔法が得意
壱番矢アキ…………………壱番矢家の五女。中学一年生。予知魔法が得意
<魔女たち>
十一姫……………………魔女を狩る魔女。「あのお方」と呼ばれる
桑無貞子……………………魔獣を操るはぐれ魔女
<国立魔法科学研究所の関係者>
馬場貝小次…………………所長
鹿野目定美…………………研究員
第二回魔法少女世界選手権大会から3ヶ月後の1月6日の夜半。
広大な某ベッドタウンに地吹雪が荒れ狂った。
昨年末から毎夜、この地域を中心として、局地的な悪天候に見舞われている。
横へ乱れ飛ぶ無数の雪の粒。
呪いの声のように響く風音。
凍える風の強弱に合わせて、小刻みに揺れる建物。
連日の尋常ならぬ冬の嵐に、誰しも天変地異の予兆と恐れた。
翌7日の明け方。
人々を眠りにつかせない風は、嘘のように止んだ。
太陽は、こんな地上の凶兆には無関心を貫き、今日も規則正しい運行を続ける。
そして今は、雲の欠片すらない天蓋の南中高度30度付近を、我が物顔で登り詰めたところだ。
低い角度で降り注ぐ温かな光。
それは、雪化粧の街を輝かせる。
碁盤の目のように区切られた狭い土地に、行儀良く並ぶ無数の一戸建て。
規則的に配置された公園。
そして、住人の日照権を配慮して、北の一角に追いやられたマンション群。
その中に、ひときわ目立つ高層タワーマンションが十棟。
今、その一棟の1013号室にあるバルコニーに、二羽の鳩が、金属の手すりの冷たさに凍り付くような足を、膨れた毛で暖めつつ、寄り添っている。
二羽は、さっきから時折振り返り、首を伸ばして頭を傾げる。
なぜなら、ガラス窓越しに、女の子の言い争う声が聞こえてくるから。
しかし、声の主の姿は一向に見えない。
と突然、鳩たちはビクッとなって、慌てて飛び去った。
声のボルテージが急に上がったので、落ち着いて羽を休めてなど、いられなくなったのだ。
今、ベッドの上で、こんもりと蒲鉾状に盛り上がる毛布が揺れる。
こんな時間だというのに、頭からすっぽりとかぶり、正座のように足を曲げ、うつ伏せになった女の子。
彼女は、蜂乗カナ。
上気して赤くなった右耳に、スマートフォンのような小型端末を押し当てている。
電話の相手は、蜂乗家当主で、世界三大魔女と呼ばれる母親マイコ。
「お母さん!! 何度も言うけど、謹慎処分には納得がいかない!!」
『私も何度も言います。
魔法を使って警察沙汰になったら、即謹慎。
それが決まりなの』
「あれは、正当防衛!!」
『理由はどうあれ、一般人への魔法の使用は、暴力行為。
中一にもなって、なぜ、わからないの?』
「私は恐喝されたのよ!
悪いのは向こうじゃないの!」
『だからといって、魔法で相手に重傷を負わせていいの?』
「それは……」
『あなたにしてみれば、軽く魔法を使ったつもりかも知れないけれど、それで学校の教室の壁が吹き飛んだでしょう?
あなたの魔法は、今そこにいるタワーマンションを一棟分崩壊させるほど強力であることを忘れないで』
「でも、なんで、お姉さんたちや妹まで、謹慎させられるの!?
相手を怪我させていないじゃない!」
『ミナもマコトもイリヤも、あなたを守るために一般人へ魔法を使ったから』
「だから、あれも正当――」
『魔法は、無防備な一般人に使うと、銃を発砲するのと同じ。
理由はどうあれ、許される行為ではありません』
「無防備じゃありません! 相手は、疑似魔法を――」
『疑似魔法はおもちゃのピストル。
あなた方の魔法は、ショットガンや大砲なのよ』
「ナイフで顔を怪我させられそうになっても!?」
『法律で、一般人はいかなる魔法からも守られる、となっている以上、そうです』
「あの事件のことは、謝るから――」
『謝罪で解決できないところまで行っているの。
今回の一件で、蜂乗家以外の家にまで迷惑が掛かっている。
それをよく考えなさい』
「納得が――!!」
『もう会議の時間。切るわね』
「お母――!!」
プープープープープープープープー……
彼女は、下瞼を伝って流れる涙を、白い指で拭う。
そして、小型端末をハート模様のシーツの上に置き、側面のボタンを押した。
たちまち、タブレットサイズに拡大する端末。
彼女は、画面上の、受話器とデコルテのシルエットを組み合わせたマークのアイコンをタップし、表示された画面をスワイプしながら3箇所をクリック。
三者同時通話のテレビ電話の接続開始である。
いつもの姉妹会議なので、操作によどみない。
ほどなく、タブレット画面から見て垂直に、小さな3つの仮想画面が三面鏡のような配置で浮き出し、それらは見やすい角度に傾く。
コール音とともに、仮想画面中央には、左から『ミナ姉さんCalling...』『マコト姉さんCalling...』『イリヤCalling...』という文字が現れる。
『カナお姉様! イリヤはお待ちしておりました!』
コール1回目の瞬間に登場した満面の笑顔は、近すぎて画面からはみ出ている。
『もしもーし。どうだった?』
少し遅れて、面長で糸のような目の柔和なミナの顔が現れた。
手を振っているらしく、左右に揺れる指先が映っている。
『何?』
しばらくして、男装の麗人のマコトが現れた。
最初から期待なんかしていない、不機嫌そうな顔を斜めに向けて、画面を覗き込んでいる。
「みんな……、みんな……、ごめんなさい。
私のせいで、謹慎処分になって……」
カナは、その後の言葉が続かない。
ただただ、彼女の額の映像と、泣きじゃくる声だけを送信していた。
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