103.決戦前
大会本部は、決勝戦開始の時間を15分遅らせた。
表向きは、準備に時間が掛かる、であったが、もちろん、炎竜覚醒の阻止に向けたあらゆる対策を打つためである。
本当は、1時間でもほしいところだが、観客が黙ってはいないだろう。
まず、スタジアム内に潜む十一姫の捕縛。
これは、彼女が憑依魔法を使っている間に、抜け殻のようになっている本体を、『魔女の匂い』を手がかりに探し出す。
憑依魔法の有効範囲を考えると、スタジアムの外は不可能だから、必ず中にいる。
もしかしたら、また囮を使われるかも知れないが、捕縛にはこの方法しかない。
なお、決勝戦でカトリーン・シュトラウスに憑依することはあっても、審判員のマイコには憑依できないだろう。
次は、カトリーン・シュトラウスへの、炎竜に関する約束事の再確認。
こちらは、すんなりと終わった。
炎竜が覚醒してアミュレットに封じ込められたら、ヘルヴェティア王国へ返還という形になることが、再確認された。
そうさせないためには、まずは、カナがカトリーン・シュトラウスに勝つことだ。
その他、大人数の魔法少女が魔力を吸い取られた場合に備えて医療班が増員されたりと、考えられるいろいろな対策が取られた。
なお、イズミの両親にかけられた闇魔法の解除のため、カズコの命を受けた七身家一門の二人が、入院先に駆けつけていった。
一通りの対策の最終確認が終わったのが、決勝戦開始の3分前。
控室から廊下に出たマイコは、後ろから息を切らして駆けつけるカズコに呼び止められた。
カズコは、黒いスーツを着た若い男を連れている。
面長、銀縁眼鏡のインテリ風なのだが、人を見下すような目つきが、マイコの眉をひそめさせた。
「よかったー、……間に合って!」
「カズー。どうしたの?」
「半分朗報よ! よかったわね」
「と言われても、何が?
――ってか、なんで半分?」
「十一姫と思われる不審者を捕まえたの」
「本当に!?」
「それが、二人も」
「……だから、半分なのね」
「マイコに首実検してもらおうと思って」
「そいつも憑依されていた人物かも知れないわよ」
「いいから、いいから!」
「はいはい、袖を引っ張らない。伸びるから」
途中、マイコは医務室の前で足を止めた。
中からカナの気配を感じたからだ。
カズコが服の袖を引っ張るのを振り払って、マイコは中へ入っていった。
奥のカーテンの仕切りに、うっすらと人影が見える。
マイコは、それが一目でカナだとわかった。
「試合が始まるから、すぐに準備しなさい」
マイコの言葉に、その人影がビクンとなった。
「はい。お母様。
……じゃあ、行ってくるね」
「うん。……頑張って」
その弱々しい声は、イズミのもの。
カーテンが開かれて、まだベッドに視線を落とすカナが現れた。
「大丈夫そう?」
マイコの問いかけに、カナはイズミの方を向いたまま軽く頷く。
そして、左手を振って別れの挨拶を送った。
微笑みから緊張した面持ちに戻ったカナは、マイコと視線を合わせないようにしながら、彼女の横をすり抜けていった。
カズコたちは、カナの向かった先と反対方向へ急ぐ。
若い男の案内で、倉庫室の表示がある扉から全員が中へ入った。
ゴチャゴチャと積み上げられた、いろいろなサイズの箱を両側に見ながら、男を先頭に狭い通路を歩いて行く。
すると、奥の方に開けた場所があり、縄で縛られてぐったりした女性が二人、目をつぶって横たわっていた。
見た目は一般人と変わらない。
「私が、この部屋に魔女の気配がするので、開けたら二人を見つけました」
男が眼鏡に手を当てて、得意そうに語る。
軽く頷いたマイコは、顎に手を当てた。
「で、匂いが一致したから縛った」
「そうです」
横たわる二人を交互に見るマイコがつぶやく。
「確かに、十一姫の匂いだけど」
「ですよね。
私たちの間で知れ渡っている匂い――」
「そんな有名な匂いだからこそ、利用されるのよ」
「利用?」
「なぜ、一人じゃないのかしら、と考えてみた?」
「……」
「十一姫が双子だなんて、聞いたことないわよ」
「まあ……私もですが……、一応、疑わしい者は取り押さえようと――」
「ちょっと、手配中の魔女とか、前科のある魔女とか、調べられない?」
「端末ならここに――」
男は、ポケットから小型端末を取りだし、横のボタンを押すことでタブレットサイズの端末に変形させた。
「この二人と一致する魔女を探して」
「了解です」
「了解は、目上の人には使わない!」
「失礼、――承知しました」
男は、二人の女の顔を端末のカメラで撮影した。
と突然、女たちの体が火だるまになった。