102.奪われた宝玉
「炎竜の方は、覚醒しなかったみたいだけど?」
マイコの言葉に、カナの心臓がズキンと跳ね上がる。
「だ、大丈夫……でした」
力なく答えるカナの顔を、マイコはジッと覗き込む。
「本当に?」
「……ええ」
今度は口ごもる娘の表情を、母親は穴の開くほど見つめる。
「そう」
「はい。お母様」
「そういえば、リンは?」
「えっ?」
カナは、周囲を見渡す。
マイコの結界の中には、見当たらない。
「どこに行ったか、知らないの?」
「宝玉をイズミ――あのお方に盗まれないように、くわえて逃げました」
「この結界の外には、いない?」
カナは、霧の向こうに見えるものをつぶさに観察しながら、パノラマ動画撮影でもしているかのように、少しずつ体を回転させていく。
「いえ、見えないようです……」
そう答えるも、上を見ていないことに気づいたカナは、空を見上げた。
すると、頭から10メートルほど上に、リンが静止しているのが見えた。
「あっ! お母様!
リンは、上にいます!」
マイコは、空を仰いで確認し、笑みを浮かべた。
その後、マイコは姿を消し、同時に結界も解除した。
カナの周辺で、一斉に時間が回り出す。
揺れる旗。
入り乱れる声援と野次。
カナは、宙に浮くリンよりも、イズミが動いていないのかが気になった。
まだ彼女は、気絶したままだ。
憑依する十一姫を追い出すためとはいえ、自分の雷撃魔法が強すぎたことに後悔する。
まだ十分に手加減出来ないのが、悪い癖。
それが、今になって悔やまれる。
審判員は、少しおぼつかない足取りで、気絶しているイズミの所へ歩み寄った。
多くの観客が、「動きが遅すぎる」と抗議するも、聞き入れない。
彼女なりのゆっくりした10カウントで、カナの勝利が確定した。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
「カ・ア・ナ!! カ・ア・ナ!! カ・ア・ナ!!」
体がビリビリするほどの大歓声に包まれたカナは、観客に笑顔で応えるよりも先に、イズミの所へ駆け寄ることを決意する。
そうして、足を踏み出した途端、目の前を黒い塊が落下した。
ギョッとしたカナは、足下を見る。
緑の芝の上に横たわっているのは、黒猫リンだ。
「リン! どうしたの!?」
カナは、しゃがんでリンを抱き寄せた。
「10カウントを上から見ていたら、カラスの群れに襲われたの」
「カラス?」
「あれは式神たちね。
魔力の塊みたいな、強力な奴らよ」
「大丈夫?」
「全然、大丈夫じゃない」
「怪我しているの!?」
「ううん、そう意味じゃなくて。
あたしがしゃべっているから、気づかない?」
「えーと……」
「あんた、鈍いわね。
奪われたわよ、宝玉が」
「えっ!?」
カナは、リンが宝玉をくわえているとき、フガフガとしか声が出なかったことを、今更ながら思い出した。
あのお方が式神を使って、宝玉を奪還したのだ。
カナは、会場をぐるりと見渡す。
「このどこかに、必ずいる!
間違いない!」
「でも、こうも多すぎるとねぇ……」
「リン。あのお方を見つけ出して、宝玉を奪還するわよ。
あれに炎竜が封印されて、悪用されかねないし」
「おー、よく言ったわね。
頼もしいじゃない」
「えへへ」
「あんたは、試合ごとに強くなっていく。
精神力がね。
見ていて、こっちまでワクワクしてくるわよ」
「ありがとう」
「お礼は、ミッションコンプリートしたときに。
さあ、行くわよ!」
リンの言葉に励まされ、カナは力強く立ち上がった。