10.国境を越える友情
一人取り残されたカナは、開けっぱなしの扉の向こうにまだ残るイズミの残像を見ていた。
とその時、スタッフトレーナーを着たアンドロイドが、残像と入れ替わった。
顔認証を行っているのか、無表情の顔でカナを凝視する。
腰が浮くほど驚くカナ。
まさか、大会の規定外という言葉に反応してやってきたのか。
彼女の頭の中で、感情のないアンドロイドへの言い訳の取捨選択が始まった。
「入荷が遅れていた通訳機が届きました。
これを着用すれば、近くの選手同士、お互いに会話が出来ます。
10メートル以内、最大十人までです」
アンドロイドは、グイッと黒のヘッドセットを突き出す。
ホッと胸をなで下ろすカナは、立ち上がって、それを無言で受け取った。
さっそく着用して、付け心地を試していると、今度は、紺色の襟のセーラー服を着た少女が飛び込んできた。
息を飲んだカナは、少し後ろに仰け反る。
丸顔で、金髪のサイドテールを揺らす、碧眼の少女が、眉間に皺を寄せて笑った。
彼女はすでに、ヘッドセットを着用している。
「あら。ごめんなさい」
ヤマト国の言葉が、ヘッドフォンから聞こえてきた。
試しにヘッドセットを少し上にずらすと、全く意味がわからない言葉で彼女がしゃべっている。
なので、カナはもう一度ヘッドセットを装着し直す。
「――から戻ってきたんだけど、ここの設備、ちょっと貧弱ね。
ヤマト国って、みんなこうなの?
軽蔑しちゃうわ」
通訳機の翻訳機能がどの程度正確なのかはわからない。
貧弱だから軽蔑は、言い過ぎなのか、翻訳のミスなのか。
言葉を選ばないと、変に誤解を受ける訳語が相手に伝わる可能性もある。
カナは、少し言葉を選びながら会話する。
「私は、初めてなので、わからないわ」
「初めて!? ふーん。スヴェに教えておこう」
「スヴェ?」
「あなた、蜂乗カナでしょ?」
「ええ。はじめまして。あなたは?」
「わたし? ナディア・ラフマニノフ。よろしくね。決勝戦で会うかしら」
「かも。――いや、かも知れないわね」
「鴨? ああ、かも知れないってこと? ヤマト国ではそう言うの?」
「ごめんなさい。翻訳機が変みたい」
「別にいいわよ。スヴェは、スヴェトラーナ・グリンカ。
私の友達。そして、一回戦のあなたの対戦相手よ」
初戦の相手の友人が目の前にいる。
カナは、緊張のあまり、両手の拳を握った。