表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一通の手紙  作者: 虎竜
2/2

距離僅か10cm

あの日から数週間が経った。桜の花はもう既に散り青々とした木がそこら中に広がっている。



放課後俺は今日もあの図書室へ向かう。この前まで床板の軋む音も、窓から入ってくる風の音も、何でもない音に聞こえたが、今はその音すらも心地良い。図書室に入ると変わらず彼女がいつもの場所に

で本を読みながら座っている。自分が入るのに気づくと、彼女は一度読書をやめこちらの方を向くと、

「こんばんは荻上さん」

「こんばんは小湊さん」

いつも俺らはこうやって始まる。


最近は何故か俺らは此処で集まって只々ほんを読むようになった。

自分はいつも通り小湊の向かいの席に座り、本を読む。図書室が静かになると外の運動部の掛け声が耳に入り込んでくる。高総体に向けて一番気合いが入る時期なのだろう。しばらくして彼女の方を盗み見ると、たまに外の

景色を彼女は眺める。窓から入る風が彼女の髪が靡かせるそれを右手で抑える。本を読んでいると時々少し微笑む。面白いシーンなのだろう。とても楽しいそうだ。それを見た自分も、笑みを浮かべてしまった。するとその姿を見られてしまったか小湊は本で顔を隠した。とても恥ずかしいそうだ。

「そんな面白いシーンだったの?」

俺はそう言いながら本を見た。空の背景に虹が架かった様な模様をしているカバーをしていた。彼女は本を下ろすと、

「はい、笑ってしまいました」

なんともにこやかだ。


この心地良い時間は早く過ぎる。楽しい時間が早く感じるのは、感情の状態や心拍数、時間経過に対する注意などが挙げられる。その中でもやはり感情と言うのは体感時間が大きく左右されると思う。つまらない授業をしている場合の1時間は長く、今この瞬間の1時間はとても短い。体感時間を取り替える事が出来たらそれはノーベル賞ものだろう。


運動部は練習をやめ帰宅する時間になった。沈黙に落ち入った。暗い空間に夕日が図書室に入り込む。小湊は本から目を外し窓を見たので自分もなんとなく見た。するとそこには

小説でありそうな表現『茜色した細長い雲が色づいた西空』に合っている夕日だった。

小湊は思わず溢れた。

「綺麗…」

俺は彼女の溢れた言葉を拾うように、

「そうですね」

彼女の顔を見てそう言ったなんとも短い会話だ。でも小湊には言葉よりもわかりやすく表情に出ていた。自我を忘れて魅入ってしまったようだ。

「小湊さんそろそろ帰りましょ」

「そうですね」

彼女はまだあの夕日を見ている。俺は本をしまい帰ろうとした時

「あの、私綺麗な風景を見るのが好きなんです!」

何故か気合いの入った声を出していた。

「ですからその…」

急に言葉が詰まった。

「い、いっしょに明日綺麗な景色を探しに行きませんか?」

そんな彼女の言葉に俺は行かないわけがない。

「分かりました行きましょう」

彼女はとても嬉しそうだ。そんなに嬉しいがられたらなんか恥ずかしくなるだろと思った。

「それで時間は朝の10時に、後集合場所は学校が良いです!私小説とかで読んでて一回学校から一緒に行ってみたかったんです!」

などと勢いのまま言ってきた。案外小説に影響されやすい人なのだろう。

俺は頷いて小湊より先に帰った。



俺は寄り道をせずさっさと家に帰った。

家に着いたのは夜の7時30分だ。父はまだ帰ってきていない今日は夜勤だと言っていた。母はいない。小学校の頃、ガンで亡くなった。今家には俺一人だった。とりあえず俺は風呂にお湯を張り、入った。あがった後食事を作る事にした。俺は料理を作るのは人並みには出来る。今日は野菜炒めにハンバーグを作った。出来た料理をテーブルに置き、父の分はラップをし冷蔵庫に閉まった。

「頂きます」

手を合わせ晩御飯を食べた。OCなかなかイケる。 店でも出せるんじゃないかといつも思う。晩御飯を済ませた後、寝る前に行く場所を決めるため携帯を取り出し近くのいい景色を検索した。

だが、此処からなかなか決まらない、彼女はどんな景色が好みだろうか。ひと気が少ない方が彼女にとって良いだろうか、などと考えてやっとの事で絞った。3時が回った。

俺は歯を磨き、昨日起きてから畳んでいない、しわくちゃの布団を被り寝ようとした。

寝れなかった。寝れるわけ無いだろ。

羊を数えようとした。そう言えば羊が柵を越えて行くというのを絵本か何かで見た気がする。でも飼われている羊は柵を飛び越えようとするだろうか。いくらでも餌がある。肉食動物に襲われる危険もない。そんな生活を抜け出そうする羊は一匹も居ないだろうと思う。なんて考えてると外はもうすっかり日が昇っていた。日の出なんて正月振りだろう。

この景色を小湊が見たらどんな表情をするのだろう。俺はそれを想像した。そんな事を思っていたらいつの間にか寝ていた。


ブーっと携帯のアラームが鳴り俺は起きた。

朝の8時だ。まだ眠りに着きたいと言う意識があるが、顔を冷たい水で洗い気合いを入れ直した。

朝ごはんを済ませ、部屋の掃除をした後、少しお洒落な服を着て、昨日書いたメモや財布、携帯などを鞄にしまい肩に掛けた。俺は家を出ようとした時。

夜勤終わりの父が帰って来た。

「龍弥、何処か行くのか?」

「うん、ちょっと出かけてくる。夕方には帰ってくるから。後昨日の飯、冷蔵庫に有るから電子レンジで温めて食べてくれ。」

「いつもすまない、ありがとうな。いってらっしゃい。」

「行ってきます」

俺は家を出た。



母はガンで亡くなった。葬式は親族が沢山来た。母が死んだのは悲しかった。だがそれは仕方がないこれは運命なんだ。とその頃の俺は思っていた。少し変わった小学生だったかもしれない。

父は母が亡くなってしばらくは仕事が出来る状態では無かった。死んだのを受け入れられなかった。仕事を一時休業し、6時くらいになると

「何処かへ行ってくる」

と言って、意味も無く歩き続けていった。

9時あたりになって帰ってくると、父は酒を泥酔するまでよく飲んでいた。それでも飯や

ら宿題の手伝いなどはしてくれた。

2週間ぐらいが経ち父は、いきなり妙な事を言い出した。

「母さんが生き返るかもしれない」

と。

その頃小学生だった俺もあり得ないと思った。そう言えば友達もそんな事を言っていた。しかしたった1週間で父は現実に戻って来た。父は言っていた。

「本当に生き返る保証もないのにお前を置き去りにして行くのは、母さんにも良い顔をあっちで見せれない。俺は今日からお前の為に頑張るよ。」

そんな事を俺に言っていた。

それから父は仕事に戻った。



俺は小湊が言った時間より少し早く校門前に着いた。周りからカップルと見られないだろうか。なんて少しの期待を持ちながら。

今日は快晴だ。日差しが強い。

少し待っていると小湊が走って来た。

「お待たせしました!結構待ちましたか?」

少し荒い息で言った。

「あまり待ってないですよ。さっき来たばかりです。」

それは良かった!みたいな顔をしている。

「それじゃ今から何処へ行きますか?」

昨日夜通しで考えたかいがあった!なんて心の中で思った。

「海へ行きましょう」

顔の表情でわかった。これは当たりだ。


海に行くにはバスで1時間だ。

俺たちはバスに乗り、後ろから二番目の席に座った。

「私、あまり海行った事無いんです。」

「そうなんだ。友達とかと行かなかったんですか?」

難しそうな顔で言った。

「うーん私…結構喋るの得意では無いんですよ。だからあまり友達はいなかったんです。ですので、友達と行くのは荻生さんが最初ですね!」

急に言われて鼓動が早くなっている。聞かれてはいないだろうか。

「そうですか、それは良かった。」

趣味が読書で良かった。読書が趣味では無かったら喋る事すら無かったかもしれない。

それから小湊は窓から、流れていく景色を眺めていた。そう言えば小湊は何故景色を眺めるのが好きなのだろうか。後で聞いてみようと思った。


小湊と過ごす時間はあっという間だ。目的のバス停に着いた。俺は立ち上がり、彼女はそれに着いて来た。二人分の運賃を俺は財布から出して入れた。

「あ、ありがとうございます」

「いえいえ」

そう言って俺はバスから降りた。風が強く、塩の香りがする。彼女も二段目に足を置こうとした時、滑って前に倒れて来た。

俺は瞬間的に彼女が慌てて踠く手を取った。

彼女の手は柔らかくそして暖かい、人の温もりを感じた。そしてゆっくりと降ろす。

彼女はスカートの裾を手で伸ばした後、手を後ろに組んで恥ずかしいそうに、

「すみません」

俺は笑みを浮かべた。

バス停から降りたのは俺らだけだった。

なんせまだ五月末だ。こんな時季に海に来る人はあまりいないだろう。

それから少し歩いて行くと、海が見えた。

彼女は嬉しいそうに走っていた。俺も後から歩いてついていった。危ないですよと注意しようとしたら砂浜当たりで転けていた。膝をついてこっちを向いて笑顔で笑い立ち上がった。そこから彼女は眺めていた。

此処には俺ら二人しかいない。さざ波の音が聞こえる。立ち尽くしている彼女の隣に行った。俺が彼女の方見て見ると、泣いていた。俺は聞いて良いのか分からなかった。

すると彼女は言った。

「私此処に来た事あります。」

俺は黙った。

彼女は続けて言った。

「小学校の頃、私は身体が弱く休みがちで友達もあまり出来ませんでした。そんな私が楽しみにしていた事は公園で遊ぶ事と、父が読んでくれた絵本です。」

俺はそのまま聞いていた。

「ある時私は一時期体調がいい日が続いていました。私は父が読んでくれた本に出て来た場所、海を見たくなりました。私は父に海に行きたいとねだりました。数日後父は本当に連れてってくれました。その時見せてくれたのは本当に感謝でしかありません。」

彼女はじっと海を眺めて続けていた。

俺は聞いてしまった。

「それで、父親は…」

「私が中学校行く前に心筋梗塞で亡くなりました。しかし母は再婚し、義父とも仲良くしています。」

彼女は涙を拭い笑顔で俺の方の向いた。

俺も彼女を微笑みを見てしまったらつられ微笑んでしまった。

彼女は言った。

「もう少し前に行って見ませんか?」

「良いですよ。」

海辺の近くには、使い古したボロボロのロープが張ってあった。そこには立ち入り禁止と書いてあった。俺らはそこをまたぎ、海辺の近くまで来た。

近くで見ると海の底が黒く見えない。

今彼女はどういう感情でこの海を見ているのだろうか。昔の事を想像しているのだろうか。

俺は彼女がどう思っているのか分からなくなった。


彼女はまた泣いていた。


俺はそっとして置こうと石階段の所まで戻った。

2時30分を回った。

彼女は戻って来た。いつもの小湊だ。俺の隣に座り言った。

「お待たせしました!少し遅いですが、昼ご飯にしません?」

そん何気にしてはいなかったが、そう言われるとお腹が減って来た。

「はい、そうしましょう。」

「どんな弁当を作ってくれたのですか?」

そう言うと彼女は、俺と小湊の間に弁当を置く。

開ける時に謎の効果音を入れた。

「ジャジャーン!サンドイッチですどうぞ!」

とても美味しそうだ。

「頂きます。」

俺は手を合わせ、食べた。

彼女は『どう?』って顔をしている。

「美味しい!」

「それはどうも!どんどん食べてください!」

彼女はとても嬉しそうだ。

「ありがとう」

二人で彼女の弁当を食べた。

食べ終わった後、俺らはバス停に向かった。向かう途中俺の後ろをついて来る彼女を見ると、父の事を思っているのだろうか。

下を向いて歩いていた。

今回のお出かけは良いものでは無かったのも知れないし、父の事を振り返った良い日だったかも知れない。それはやはり彼女に聞いて見ないと分からない。


バスに入りさきほどと同じ所に座ると、俺は疲れ寝てしまっていた。途中目を覚まし、彼女の方を見るとやはり景色を見ていた。それからはもう覚えていない。


バスを降り、なんとなく学校の方じゃなく別の方を歩いて帰って行った。

すると見覚えのある公園に着いた。

その公園の遊具は乏しく、ゾウさんの滑り台と、砂場、鉄棒とベンチぐらいしか無かった。小学校の頃良く此処で遊んでいた。

彼女は中に入って言った。

「ここの公園昔もありましたね。今も昔も変わりませんね。」

そのまま彼女はベンチに座った。

俺も公園に入り彼女の横に座る。

「俺ここで良く小学校の頃遊んでいたんですよ。ここに良く来る子と遊んで…」

公園の時計は午後5時57分指していた。

沈黙があった。あの少女は今にどこいるだろうか?彼女は立ち上がり、俺の前に来ると言った。

「あの私…」

すると時計の音が鳴った。少し間があったが、話し始めた。

「そろそろ帰ります。今日は父との忘れてた記憶が蘇りました。荻上さんのお陰ですね。また一緒にお出かけしませんか?」

彼女は笑ってくれた。

小湊はどうやら喜んでくれたようだ。彼女の笑顔は他の人をも笑顔にさせる。

俺も微笑みながら言った。

「是非喜んで。」


彼女は「それでは!」

と言って一礼をし、帰ろうとした。公園を出る所で俺は呼び止めた。


「あ、あの!メールアドレス交換しません?」

俺は鞄から携帯を取り出すと、

「そうですね!そうしましょう」

彼女も携帯を取り出す。

俺は彼女に赤外線交換をする為に近づく。

彼女も俺にゆっくり近づく。

赤外線が繋がる近くまで行き、お互いに携帯を向ける。


『距離は僅か10cm』


俺はメニューから赤外線送信を押し彼女に送った。彼女は受信したのを確認し、後ろに手を組みながら笑顔で言った。

「それじゃまた今度お出かけ一緒にしましょうね!」

「分かりました」


それから二人は一緒に帰った。





















評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ