ドルヒ視点、黙れ黙れ黙れ
「あはは! こんなちっこい子があの男の子のカレシ? 面白いじゃーん。どう? 自分の好きなオトコが自分以外の女のモノになるのは?」
しぐれはエデルトルートを指さしながらげらげらと、興奮して甲高く、まるで獣が交尾するような聞くに堪えない声で罵った。
「私より綺麗な女はみんな、みんな不幸になればいいじゃん」
「あなたの、せいですか。あなたの、あなたの、あなたの」
青空があっという間に夕立の黒雲に覆われるように、エデルトルートの雰囲気が一変した。
私より遥かに低レベルのはずなのに、背中に氷を入れられたような寒気が走る。
「許さない、許さない、許さない」
プラチナブロンドの髪の奥から覗く眼が、底のない谷に落ちた宝石のように光る。
「なにキレてんの? お前みたいなチビ、怖くないじゃん」
しぐれが目の前の子の気持ちなんてまるっきり考えていない感じで、へらへらと笑う。いや、あれは考えた上でどうすれば相手が嫌な気持ちになるのか計算したうえでのことか。
自分とタイプが違う子、弱い子に対してはとことん攻撃的だ。
「黙れ黙れ黙れ」
エデルトルートの声質が変わった。谷底から、山奥から姿の見えない獣が吠えるような静かで厳かで、恐ろしい声音。
その迫力にしぐれもすら気圧され、一歩後ずさっていた。
「ビビっておるのか。いつも吾輩にビビりと言っていたお前が」
いつもしぐれに言われていたことを言い返して、少しだけ気分が良くなった。
「ムラさんに危害を加える人は……」
エデルトルートがオーブを掲げ、しぐれを見据えた。凶器と純粋が同居しているような、澄んで輝いて昏い瞳。
「許しません」
エデルトルートから山羊のような角と蝙蝠のような尾が生え、初めてクラフトを使ったときと同じ悪魔の姿になった。
「いいね、この純粋な感情。憎いっていう感情。好きっていう感情。殺したいっていう感情。どんどん力がわいてくるよ」
エデルトルートもどきはオーブを掲げながら、嬉々として呟いた。
「あなたはそこで見ててね、私がやってあげるから」
彼女はオ―ブを掲げ、しぐれに見せつける。
「ナニ言ってんの、そんな低レベル女の攻撃なんてきくわけないじゃん」
だがしぐれはオ―ブの輝きを一瞥しただけで動かなくなった。
「うそ……」
一瞬でクラフト持ち、しかも高レベルの相手の動きを封じるなんて。
「疑問かな?」
エデルトルートもどきは嬉々とした感情を抑えられない感じだ。
「気分が良いし、教えてあげる。悪魔本来の力をこの子が引き出したからだよ。私を使う代償は、純粋な感情。その男の子に対する純粋な思いとあのけばけばしい女に対する怒りが、私を直接使う事を可能にした。だから」
のたうちまわり始めたしぐれを一瞥し、エデルトルートもどきは続けた。
「この女の子のレベルなんて、関係ない」
話しをしているうちに村上君は、すでに安らかな顔で眠っていた。
「ちょっと眠っててね、すぐに戻すから。あのけばい女をいっぱい、いっぱい苦しめるから。純粋に苦しいっていう感情も、大好物なんだ」
エデルトルートもどきは絵画を眺める美術家のような目つきでしぐれを見つめていた。




