ドルヒ視点、裏切り
街から出て草原を歩いていると、ほどなくして見つけた。
街道から少し外れたクローバーの畑に一台の豪華な馬車が停められ、その近くにしぐれといわゆるイケメンの従者が野外のテーブルセットに座っている。
いわゆる、と表現したのはイケメンと言われる顔が私は嫌いだからだ。なんというか、雰囲気が好きになれない。
それにしても、ここまで無防備にお茶しているのはよほど自信があるのか、単なる馬鹿か。どっちにしろ、はるかと二人一緒に攻めてきていないから好都合だけど。
イケメンの中に村上君も混じっていた。
ぱっと見は変わりないけど、明らかに普通じゃない。
礼儀正しい村上君が私を見ても挨拶しないし、シフトをさぼったことへの謝罪もない。それになにより、しぐれと一緒に立っている。
「久しぶりじゃん、みなも」
しぐれは宝石でまぶしいくらいの手を見せびらかすようにして手を挙げて挨拶する。同時に、私の顔を見て思いっきり顔をしかめる。
顔のしかめ方からして嫌いだ。
私は一気にしぐれに切りかかる。周囲のイケメンたちは無視してしぐれを殺そう。
とにかく早く殺したい。
ようやくしぐれを殺せるって思う気持ちが、誕生日プレゼントを目の前にしたあの時の気持ちに、合格通知の書類を開けるときの気持ちに似ているって、猛然と疾駆しながらふと考えた。
だけど村上君がしぐれをかばうように立ち、私の進行を阻害する。
私は用心して飛びのいた。
「はは、見た? あんたの男はもう、私のじゃん」
しぐれが嘲笑した。
私を虚仮にするように、村上君の肩を抱きながら。
他の男たちを跪かせて、そのうちの一人を椅子にしながら。
村上君はしぐれに肩を抱かれても、嫌なそぶり一つ見せなかった。
「はは、惚れた男に裏切られてどんな感じ? 今までもいっぱい、いっぱいイケメンを奪ってやったじゃん」
勝ち誇ったような、馬鹿にしきったような、そんな笑い。大口を開けて下品に口の中を見せている。
「そうか」
村上君のレベルならしぐれの「男を意のままに操る能力」には引っかからないと思ってたけど、男に対してはほぼ無敵の能力なのかな。
例外はあるのかな。なかったら、国の中枢を乗っ取ってるはずだし、何らかの制限はかかるはずなんだけど。
気になるけど、まあいいか。
一番大事なことから片付けよう。
私は必要最小限の返事と一瞬の黙考と共に、しぐれに再び斬りかかる。
でも村上君がまた進路を妨害したので、先に村上君から殺すことにした。
狙うは心臓。両手の構えた短剣の隙間から捉えられる人体の中央。そこに貫手を全力で突き込む。
村上君は飛んでかわすけど、服が切り裂かれ、肌に赤い線が一本走る。
動きがいつもに比べて鈍い。操ってレベルを上げることはできないようだ。
ただの劣化コピーか。
だが冷静な動きを見せた村上君と対照的に、しぐれは眼を見開いている。
「な、なにしてるじゃん、こいつあんたの男じゃん?」
しぐれがなぜか上ずった声を上げた。
敵を殺そうとすることのどこが不思議なのだろうか。相変わらずこいつの思考回路は理解できない。
「付き合ってる男にそんな真似がよくできるじゃん」
「付き合ってる男……? 貴様の目は節穴か、しぐれ」
不愉快で吐き気がしてきた。口を開けば男、つき合った、振った振られた、別れた、ホテル。こいつとその周囲の女子は同じようなことしか言わない。
なんでも色恋とエッチに結び付けたがる年頃なんだね。
騒がしい人のことを口から生まれてきたというけれど、こいつは下半身から生まれてきたんじゃないのかな?
何でこうも恋愛とエッチが好きなのか、わけがわからない。男なんて汚らわしくて厭らしくて、嫌いだ。
無理やり売春させられかけてから、さらに男嫌いには拍車がかかった。多少の例外は村上君くらい。異性のことより、復讐のことを考えてくれるから。
それに、私に恋愛をする資格なんてあるわけない。
私は手を汚しすぎた。テルマみたいな小さな子供まで手にかけた。あの子も大きくなっ
たらきっと、恋をして結婚して幸せな家庭を築いたのだろう。
その機会を奪った私に、恋をする資格があるわけない。
「誤解するな。その男とは目的が同じだから一緒にいただけだ。貴様らを殺すという目的に障害になるなら排除する。ただそれだけだ」
そう言いながら私は足を村上君の股間目がけて蹴り上げたが。村上君は腕を十字にクロスさせてガードする。空手の十文字受け、ってやつだろうか。
「断っておくがな、相棒を殺そうとしたのはこれで二回目だ」




