ドルヒ視点
「ムラさんがいない?」
ウエイトレスの一人が、つぶやくように言った。私がきりえを殺しに行った後、私を責めた人だ。
「そうなのよ、ドルヒちゃん」
ドルヒと呼ばれることにもすっかり慣れてきた。
村上君がつけてくれた名前で一カ月も命名から経っていないけど、今ではみなも、という元の名前よりなじんでいる。
あの忌まわしい過去から決別できる気がするから。
糞尿を浴びせられ、暗い体育倉庫に閉じ込められ、ジャージどころか下着まで盗まれてそれで帰ることを強要されたあの日々。
「今日シフトの日なんだけど、出勤してなくて。サボりなんてしない子なのに、どうしたのかしら」
「心配ね」
「あんなに女の子してる子はいないのに」
女でない村上君が、誰よりも女の子らしいというウエイトレスたちの評価に私は口元を押さえて笑ってしまう。まあ、一度岩崎というフェルゼンの使い手が欲情していたし、無理もないか。
「吾輩が探して来よう。相棒とは一番付き合いが長い」
すっかり客足が戻ってきたホールを後にすることに他のウエイトレスが渋い顔をするけど、ヒロイーゼさんがすぐに場を収めてくれた。
お店なんかより、大事なことが私にはある。
村上君が突然いなくなるなんて、考えにくい。
私は着替えて、店を出た。
街を歩く速さがいつもより自然に速くなる。
急な用事なんて、この店以外に知り合いがいない彼にはあるはずがない。
「はるかか、しぐれの仕業か」
私は意識して拳を握りしめる。
闘志を滾らせるために。殺意を膨らませるために。
味わった屈辱を思い出して、力に変えるために。
しかし、どうやって探そう?
はるかと交戦中か、しぐれの力に引き寄せられたか、のどちらかだと思うけど今回はしぐれの仕業だろう。
こっそりいなくなるのだから、しぐれの力のほうが適任だ。
となると、どうやって探すか。
「まあ、探す必要なんてないか」
戦いやすそうな場所で、あっちに見つけてもらおう。




