憎しみ
陣地を出てから、森の中を抜ける際にミュンヘン駐屯の兵士たちと行くたびもすれ違った。ある兵士は斥候であり、ある兵士は先遣隊だった。
だが兵種にかかわらず、手に持つ武器にかかわらず、歴戦の勇士も戦場に出ただけで震える新兵も関係なく、そのことごとくがしぐれに従うか、地面に倒れ伏して二度と動かなくなった。
「軍隊に入って、イケメンな男誘惑してブサイクは殺すのも悪くないじゃん。私の人生今までで、今が一番バラ色じゃん」
しぐれはイケメンを周囲に侍らせた馬車に乗ってミュンヘンへ向かった。
彫刻の施された金属の枠がはめられた馬車の窓から周囲を見渡す、見下ろすのは実に気分がよかった。自分が偉くなった感じと、自分以外の人間が偉くなくなった感じがする。馬車に乗ってミュンヘンの町に入ると、しぐれは胸騒ぎを覚えて馬車の窓から周囲を見回す。
「なんか変な感じがするじゃん」
しぐれは用心深く馬車を進ませる。しぐれの隣に座っている男も、しぐれが太めの足を乗せている四つん這いになった男子も、馬車を御する男子もみなイケメンであり、町の女子は皆、カップルで歩いている女子でさえも目を奪われている。
「う~ん、いい気分」
しぐれは大きく伸びをしたので、タンクトップ型の上着がずれ、脇から横乳がチラ見えした。
隣に座っている男は鼻の下を伸ばしてややくすんだ色の横乳を見るが、しぐれはそれを隠そうともせず優越感に浸って男を見ていた。
やがて彼女はからウエイトレス服を身にまとい買い出しに出かけたドルヒを見つけた。
「あれ、みなもじゃん。面影はあいつのままなのに、全然綺麗になってるじゃん」
しぐれはドルヒが悪魔化する前の名前で彼女を呼んだ。
その姿が以前自分がいじめていた存在であると、徐々に脳が理解してくる。
濁った汚水が清らかな川に広がっていくようにしぐれの頭は女として負けた、というコンプレックスに徐々に浸食されていく。
自分の容姿を自覚してから、必死に磨き上げ、化粧して、口説き方を研究して創り上げてきた自分という女の完成形。さらに男ならば人間以外のあらゆる生物を誘惑できるというクラフト。それが一瞬にして崩れ落ちた、いや否定された気がした。
爪をかみしめ、憎々しげにドルヒをにらみつける。高レベルの彼女が醸し出す怒りのオーラに、隣の男は身をすくませ御者の男は馬を操る手を止めた。
「化粧もしてないし、服装だって店の制服そのままって感じじゃん。それなのにあんな……」
だがドルヒの隣を歩いている男を見て、化粧で染めた顔を愉悦でゆがめた。
「あの距離感、あの話しぶり…… 明らかに普通の男じゃないじゃん。面白くなってきたじゃん」




