想像しながら待つ
僕たちが店にたどりついたころには、日が沈むころだった。これまでになく長い戦いだったらしく、頭上の空が群青色に、西の空が沈みゆく太陽と同じ色に染められ、宵の明星が濃紺の空にその存在を示しつつあった。僕は戦いで汚れた衣服は川で洗って別の衣服を着てふたたび女装した。ドルヒは一度短剣の姿に戻り、ふたたび人間の姿になるとドレスタイプのワンピースが綺麗な状態に戻っていた。
姿だけを見ればどこかを散歩してきた後くらいにしか思われないだろう。
「どこに行ってたんですか? 店の仕事をさぼって」
お店の看板を拭いていたウエイトレスさんの一人が、僕たちの姿を見つけると腹を立てた様子で眉をしかめている。
「魔獣がいなくなったらしい」
ドルヒは言い訳もせず、何をしていたかも言わず、ただ一言告げた。
愛想笑いすら浮かべず、不機嫌を露わにして。
まあ、命がけで戦っていたのにサボっていたのかと問われたらそう返したくもなるか。
会話が苦痛と言わんばかりの返し方に、ウエイトレスさんは柳眉を逆立てたがドルヒの迫力に大人しくなった。
「吾輩たちはその噂の審議を確かめるために色々な人間から話を聞いていたのだ。同時に、この店は酒と食事が美味いとも広めておいた。明日からまた忙しくなるであろう。吾輩たちも今日働かなかった分バリバリ働くとしよう」
ドルヒの話を聞くうちに、ウエイトレスさんの表情は恐怖から安堵、そして感心へと変わる。
「そんなことしてくれてたの。サボりなんて言ってごめんなさい」
「理解が得られて何よりだ」
そんなウエイトレスさんの様子を見て、ドルヒは溜飲を下げたのか少し機嫌が良くなっていた。
実際、僕たち二人が帰ってくる途中街道で魔物が退治されたと噂を流しつつ、魔獣の死体を目立つ位置に置いておいたので噂はすぐに広まるだろう。
翌日あたりから魔物の目撃報告がぱったりとやむはずだ。そしてそれが噂となり、客入りや仕入れも徐々に元通りになるだろう。
どうして魔獣が死んだのかは英雄談が自然に出来上がるはずだから問題ない。
魔獣を殺しすぎたので夜の風が生臭いくらいで、町の人から苦情が出ているそうだがまあそれくらいは我慢してほしい。後で兵隊たちが駆除と死体の型付け、食える魔獣の解体をやってくれることを期待しよう。
「そういえば」
その晩、店の片づけをしながらドルヒに尋ねた。磨かれたテーブルが光を反射して鏡のようにきらめく。
魔獣がいなくなったという噂を聞きつけた人たちが何人かきたおかげで、今日は昨日より少しだけ客の入りが良かったし、表情も明るかった。店のみんなもほっとした様子で接客が出来ていた。
もう少したてば客の入りもみんなの様子も完全に元通りだろう。
「後二人はどこにいるのかな」
きりえを殺した後、残る二人の襲撃を警戒してびくびくしていたけれどその様子もないので拍子抜けだ。
「わからぬ。今この時ほど探知系のスキルを欲したことはないな」
「だが、仲間が一人いなくなったことには気が付いているはず。探しはしているはずだ。焦る必要はない」
ドルヒはグラスを一つ一つ拭きながらゆっくりと喋る。
リップさえ塗っていないのに輝く唇が、暴力的な言葉を紡ぐ。
「奴らをどうやって殺すかを想像しながら待っていればよいからな」




