因果は再び巡る
森の奥から、弓矢を構えた小さな女の子が出てきた。僕の胸にも届かないくらいの身長にあどけない顔立ち。年の頃は十才くらいだろうか。
でも、これだけレベルが上がればわかる。この子は、悪魔の力を手にしている。
僕は警戒した。悪魔の力を手に入れた人間なんて碌な人間じゃない。まあ、人間なんて大概が碌でもないけど。
でもこの子、どこかで見た気がする。いや、どこかで見た相手に似てる?
僕が警戒を緩めずにその子を観察していると、その子から話しかけてきた。
「私のクラフト……『プファイル(pfeil)』っていいます。私の名はテルマと言います」
その少女は礼儀正しく頭を下げた。
「あ、ありがとう」
なんだ、意外といい子なのか?
「お礼なんていりません。邪魔だから倒しただけです」
僕が警戒を少し緩めると、テルマはそのまま弓に矢を番えて僕に向けた。
「あなたがお姉ちゃんを殺したんですね? 神様から聞きました。その一見大人しそうな態度でお姉ちゃんをだましたんですね」
「まあ待て、テルマとやら」
それまでことの成行きを見守っていたドルヒが前に出た。
「貴様は吾輩の復讐を手伝ってくれたのだ。むやみに争うことは避けたい。人違いということもあり得るし、その神様とやらが胡散臭い」
「神様を胡散臭いなんて言わないでください! 私を悪い人から助けてくれたんです、さらにこの力までくれました」
助けてもらって力を与えてくれればその存在は善なのか? 自作自演とか考えないの?詐欺に真っ先に引っ掛かりそうなタイプだな、この子。
「その神様とやらは、どんな姿形をしていた?」
ドルヒが目に警戒感をにじませながら言葉を続ける。
「黒い羽が生えてて、すごく綺麗な、天使様みたいな人でした」
その言葉を聞いたとたんにドルヒの表情が険しくなるが、すぐに大輪の花の様な笑みを浮かべ、言葉を続ける。
「そうか。吾輩もその存在には出会ったことがあるぞ。鴉の様な黒き羽であったであろう」
「そう、そうです! お姉さん知ってるんですか?」
「無論だ」
僕を抜きにして話が進んでいく。いつもは涼しく感じる森の風が、冷たく感じられた。
「私のお姉ちゃんは、ヴィルマっていいます」
ヴィルマ。
その名前を聞いて、洞窟の中の湿った風や土と血が混じった臭い、そして多くの盗賊を刺した時のことを思い出した。
そうか。初めのころレベリングのために襲撃した盗賊たちのアジトで。ドルヒの勧めで口封じのために殺した女子の、妹がこの子か。
「だから死んで。お姉ちゃんの仇!」
テルマと名乗った子は再び僕に矢を向ける。
ドラゴンを倒したほどの矢だ。レベルが上がったとはいえ剱田と違い鎧もない僕では致命傷だろう。岩崎みたいに体が固くなる能力もない。
「いいよ」
だけど僕はテルマの言葉にうなずき、両手を広げて仁王立ちになった。急所を簡単に狙えるように。急所を刺しまくってきた僕が急所をえぐられて死ぬのも因果応報というやつだろう。
テルマはあっけにとられていたので、遺言代わりに説明してあげるか。
「僕は自分の復讐のために君のお姉ちゃんを殺した。復讐したいっていう気持ちはよくわかる。でも、僕の復讐はもう終わってるから。だから、君に殺されてあげる」
僕はいつもと変わらず夜の月の様な儚いながらも輝きを持った美しさを放つドルヒを見て、呟いた。
「ごめん。君の復讐をもっと手伝いたかったんだけど。この子の気持ちもわかるから」
「そうか」
僕の言葉を聞いたドルヒは、
心底うれしそうに、
笑った。




