人殺しの道具
僕はゴルト・ティーガ―に斬りかかった。
ドルヒが相手にするには、牙があるために素手では難しい。
「相棒! やめろ、無謀だ! 二人がかりで各個撃破するべきだ」
「いや、ドルヒがきりえを頼む。憎い相手は自分の手で顔をズタズタに切り裂くとか、心臓を一突きにしてやりたいじゃない。僕は邪魔者を片付けることに専念するから」
ドルヒはそれを聞いて邪悪に顔を歪めた。ワンピースタイプのドレスを着たドルヒが口元を歪めるのは天使が悪魔の笑みを浮かべたようで、倒錯的な美しさがある。
「頼んだぞ」
「了解」
僕はきりえに向かってポケットから取り出した木の枝を投げつけた。
鞭はスピードに優れるが、何かに絡みつくと素早く外すことが難しくなる。
案の定、きりえが振るった鞭は木の枝にからみついてしまう。一度木の枝で動きを遮られると、そこから先の動きの制御も出来なくなった。
「舐めてるんですカ?」
だがきりえは易々と鞭に絡みついた木の枝を、斬り裂いてしまう。
あの鞭は刃が付いていないように見えるが、持ち手の意思次第で斬ることもできるらしい。
だが一瞬にも満たない時間、鞭を振るう手が止まっていた。その時にはゴルト・ティーガ―の動きも鈍くなっている。やはり動物を操る能力は鞭の動きとリンクしているらしい。
人間の急所しかわからないけれど、同じ哺乳類なら……
僕はゴルト・ティーガ―の口元めがけて短剣を突きこむ。虎の咬合力にかかれば僕の腕など紙くず同然だろう。
だが、噛むのは筋肉だ。その点は虎だろうが人間だろうが変わらないはず。
僕はゴルト・ティーガ―の口の横に短剣を刺しこむ。口元を狙うのはリスクが高いが、毛でおおわれていないので防御力は低く短剣が入った。
虎の肉を切り裂くのは人とは感触が大分違った。
何よりレベルアップしないから嬉しくない、切るのはやっぱり人間が良いな。
そんなことを思いながら、ゴルト・ティーガ―の人間で言う咬筋や側頭筋、翼突筋を切り裂いた。同じ哺乳類だから基本的な筋肉の構造は同じはずなので、思い当たる噛む筋肉を全て切断した。
顔が金色から赤に染まる。血の色は人間に近いな、と無益なことを考えた。
噛む筋肉を切断するのは成功したのか、ゴルト・ティーガ―は口が開きっぱなしになって吠えることもできなくなる。
これでこいつは攻撃手段の主力を失った。
僕はさらに動物の急所と言われる耳の後ろに短剣を差し込む。もう噛めないから安心して差し込めたけど、人間と違って体が大きいので短い短剣の刃では鍔元まで差し込んでもまだ頭を振って抵抗してくる。
口元から血を流して頭を振るたびに、僕は遠心力で吹き飛ばされそうになる。毛皮を掴んで抵抗するけれど、血が飛び散るわ目が回るわで気持ち悪い。
人間の奴隷のくせしてしつこいな。
そう思ったので突き刺さった短剣の柄に蹴りを入れ、更に深く差しこんだ。
すると、ごりっとした感覚が足に伝わってきた。おそらく人間でいう頭蓋骨を破壊したらしい。さらに蹴りを入れ、短剣が完全に虎の頭に埋没する。
こんなことをすると武器は神聖なものとかいう人が怒りそうだけど知ったことじゃない。
武器は人殺しの道具だ。いや、その意味で言えば「神聖」か。
頭蓋骨に穴をあけられ、脳内で出血したことで頭蓋内圧更新症を起こしたのか、虎は完
全に動かなくなった。
「相手が口とか腕とかあるタイプで助かったよ」
顎を破壊したことで断末魔の声すら上げることなく、ゴルト・ティーガ―の巨大な体躯が地に伏した。
僕は血まみれになった短剣を引き抜いて、懐の布で血と脂を拭う。
血の臭いが人間とは微妙に違った。
「そんな…… 私のペットが」
きりえが膝から地面に倒れ込み、ゴルト・ティーガ―の屍にすがって泣き始めた。鞭は既に手放し、さめざめと泣く。
そうやって泣いている姿を見ても可哀そうだとか、悪人でも大事な存在が死んだら泣くんだな、とかいう考えが他人事のように浮かんでくるだけだった。
とりあえず、泣き声がうるさい。
そしてそれを見逃すドルヒじゃあない。
「死ね」
油断せずに背後から疾風の様な速度で駆けよって、背後に貫手を突き立てようとする。
だがきりえは振り返ることなく、手放した鞭を再び取ると軽く一振りした。
「スクラ―ヴェ(sklave)」




