どこに行ったか契約者
金色の虎が唸りを上げ、猛然と襲いかかってくる。
猫を何十倍にも大きくしたような体躯で地を駆ける。そのスピード、威圧感。剱田と比
べても比較にならない。
僕たちの目の前で丸太のように太い前脚が振り上げられ、肉球から突き出た五本の爪が
僕らに向かってふるわれる。
スピードは速いが大振りの一撃を余裕を持ってかわし、すれ違いざま前脚に短剣で斬り
つける。複雑な形状の刃が毛皮に引っかかり、抉るが毛が舞っただけで肉までは届かなか
った。
サイドにまわった僕を引き裂こうと、思いもよらぬ速さで体を反転させた。左右への方向転換が四本足なためか人間よりかなり速い。
口を開けて、真っ赤な口内からのぞいた白い牙で僕の喉元めがけて噛みつこうとしてく
るがすんでのところで体をねじって回避した。僕の目の前を白い牙が通り抜けていく様子はさすがに心臓が凍る思いだ。
だが僕は大きく体勢が崩れてしまった。もう片方の前脚が僕の目の前で振りあげられる。
僕は観念せずに地面を転がって、その攻撃を避ける。前脚が地面にめり込み、泥が飛び散って僕の顔にかかるけど気にしている暇なんてない。転がった勢いで起き上がり、素早く距離を取る。
「相棒!」
今まで隙を窺っていたのか、ドルヒが大きく跳躍して、背中から襲いかかる。
空から前脚を引き抜こうとしてもがいている金色の虎の目を狙って貫手をつきたてようとするが、首を大きく回して、ドルヒの手に噛みつこうとする。
ドルヒは舌打ちをしながら金色の虎の背中を蹴って、距離を取る。ワンピースタイプのドレスが大きく翻り、白い太股がちらりと見えた。
「厄介だな……」
虎のスピードや力ではなく、人間でないということが一番のネックだ。
僕のカルトマヘンは急所の情報が頭に流れ込んできて、解剖学の図を見ているみたいに相手の急所が手に取るようにわかる。
だけど、それはあくまで人に限った話だ。動物相手ではその能力が発動しない。
実際、それからも短刀での攻撃が何度か当たるけれどさっぱり手ごたえがない。
「固いな……」
ドルヒも抜き手や拳での攻撃を繰り出すけれど、素手での攻撃は牙の反撃を恐れてか一撃一撃が浅い。
「さァ、踊りなさイ。狂いなさイ。私の可愛いペットを傷つけたことを命で償うのデス」
そう言いながら鞭を振るうきりえの口調には、命を奪うことに対するためらいが何も感じられなかった。
「一つ、聞いていいかな?」
「何かしラ? 命乞いなら受け付けませン」
きりえが鞭を振るうのをやめると、金色の虎の攻撃が途切れる。
これだけの戦闘をおこなったのにまだ余裕綽々だ。憎たらしいな、あの顔を絶望で染めてやりたい。
「君の契約者はどこに行ったの?」
僕は契約者でドルヒは悪魔。
剱田たちは契約者としてこの世界に送還されたが、ドルヒ達は悪魔として召喚されている。悪魔が人の形を取るためには相当なレベル上げを要するらしい。
ドルヒは僕が短剣として扱って、人の形になった。
以前会ったリハビリの仕事をしたいと言っていたかんなという女子も会話の流れからすると元々は武器の形だったらしい。契約者のことは聞くのを忘れてたけど、あの性格なら道を違えて別れたか、逃げ出したかだろう。
ならこの女の契約者はどこにいるのか。相当なレベルになっているはずだし、所在を突き止めておきたい。
素直に教えるとは思えないけれど、自慢したいという気持ちもあるかもしれない。というより、どこにいるのか予測はついているけど。




