鞭使い
「見つけましタ」
今までとは比べ物にならない強さの気配。剱田とすら比べ物にならない。
全身の毛が逆立つ感触ととともに、僕は声のした方向と反対に飛びのいた。
ドルヒも同様の動きをしたが、声のした方を般若みたいな形相で睨みつけている。
「あなただったんですネ~、私のペットを殺したノは」
そこには僕が夢の中で見た少女の一人が立っていた。
独特のイントネーションと、癖っ毛でそばかすのある子。
手には奴隷の虐待にでも使えそうな鞭を持ち、傍らに黄金と黒の毛並みをした虎を従えていた。
「お久しぶりですネ、みなも」
「きりえぇぇぇ!」
ドルヒはそう言うと同時にきりえと呼ばれた少女に飛びかかった。
数十メートルの距離を走り幅跳びのような勢いで一気に詰める。
人間大の弾丸が吹っ飛んでいくような攻撃。
だがきりえは腰の鞭を手首を使って軽く動かすと、彼女の側に控えていた虎が前足を振り上げてドルヒの攻撃を止めた。
ドルヒの貫手と虎の毛に覆われた前足がぶつかるが、虎の様子に何も変わった所はない。仕留められないと悟ったか、ドルヒは跳んで虎から間合いを取った。。
「せっかちですネー」
ドルヒがぎりぎりと音が聞こえそうなほどに、歯を噛みしめた。対照的にきりえは余裕綽々だ。
「なんで襲いかかってきたんデスカ?」
きりえは自分が襲われたことが心底疑問だ、というような口ぶりで話す。
罪の意識のかけらもない、ただ純粋な疑問という感じだ。
「なんで、だと?」
ドルヒは刃をギリギリと噛みしめ、拳を握りこむ。
「ふざけるな!貴様らが我輩になにをしてきたか、もう忘れたのか!」
「なにを、と言われてモ」
きりえは人差し指を顎に当て考え込むような仕草を見せる。
「仲良く遊んでただけじゃないでスカ」
「あれのどこが仲が良いのだ! 貴様の目は節穴か!」
「あなたはああやっテうんちを浴びたり殴られたり煙草の火を押しつけられるのが好きなのでしょウ?」
「……なぜ、そう思った?」
ドルヒの声から荒々しさが消え、氷のように冷たい感じになる。
「はるかやしぐれがそう言っていましたかラ」
「……貴様は、それを信じたのか?」
「はい! ペットと友達は素直に信じることにしてるんで―ス」
「口論するたびに怒りがわいてくるな…… 礼を言うぞ」
再びドルヒが飛びかかる。だが黄金の虎に当たる瞬前に身を翻し、宙に跳びあがって大きく距離を取る。
「死ね」
喰らえ、ではなく死ねの叫びと共に今の瞬間に拾ったのか、拳大の石を上空から投げる。さらに位置を変え、あらゆる方向に飛んであらゆる方向から石を投げつけていく。
まるで砲弾の雹が降っていくかのように、四方八方から石がきりえに投げ込まれていく。
彼女の立っている位置だけが圧倒的な数の石の陰で暗くなるほどだった。
「~♪」
だがきりえは鼻歌交じりに鞭を操る。
手首のキレと腰の操作だけで一歩も動かずに鞭を使って、目の前から来た石ははたき落とし、横から来た石を鞭で豆腐の様に真っ二つにして軌道を変え、後ろから来た石は虎が牙と爪で切り裂く。
次の瞬間、きりえの周囲には小さく刻まれた石の欠片が無数に散らばって、緑の地面に灰色や白のインクが散ったようになった。
これだけのことをしても息一つ切らしていないきりえに対し、ドルヒは肩で息をして、焦っている感じだ。
「なかなか面白い遊びですネ。それより、なんで、私ノペットを殺したんですカ?」
「……邪魔だからだ」
ドルヒは口論しても詮無いと思ってはいるらしいが、会話しているうちに隙ができないかと考えたのか、この間だけは言葉を返していた。
「ペットを傷つけた罪、あなたの命で購いなさイ」
きりえが鞭を振るうと、傍らの虎が天に向けて吠えた。
「行きなサイ、ゴルト・ティーガ―(gold tiger)」




