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カルトマヘン(kaltmachen)

「おい桜井」

 剱田の声がその場に染みわたるように響く。

「お前のクラフトで村上をここに足止めしとけ」

「無理だよ、村上君のレベルじゃすぐに泥沼の中に沈んじゃって出てくることも引きずり出すこともできなくなる」

「ち、弱すぎるって言うのも厄介だな」

 その異様な光景に、僕は反論することもできなかった。

僕を無視して、僕を餌にする方向にどんどんと会話が進んでいく。

「じゃあ、どうやって村上君を足止めする? 私のハイレンに麻痺の魔法はあるけど、今は魔力切れで使えないよ」

 清美までが僕を餌にする相談に加わっていることが信じられない。

 もうショックで、立っていられなくなる。

 膝をつこうとした僕を、後ろから誰かが抱きとめた。

「そんな難しく考えなくていいんじゃないですか、旅の方」

 剱田たちを射殺すような視線で睨みつけていた村人だ。 

「修理中の柵がそこら辺に転がっています。それに縛り付けて転がしておきましょう」

 僕を羽交い絞めにして、他の何人かの村人が柵に手足を結びつけていく。

 腕や足を必死に振りまわして抵抗するけど、村人たちが押さえつけて射て抵抗できない。

他のクラスメイト達はあんなチートを持っている癖に、僕は村人にかなわないほど弱いのか。

 いや、自分のクラフトを恐れて使わなかった僕のせいか。

「黙れ、うちの家族を殺したくせに」

 それは僕じゃない。それは彼らもわかってるはずなのに、剱田たちにはかなわないから代わりに同じクラスメイトである僕を殺して鬱憤を晴らそうとしているらしい。

 僕を地面に転がして、おまけとばかりに顔面を蹴りつけてきた。

 歯が折れて、血の味が口中に広がる。

 顔面が内出血したのか腫れあがっていくのを感じた。

 さらに他の村人たちも僕を殴り、蹴る。

 腹を殴られた時、気が遠くなる激痛が走って体をくの字に曲げる。胃液が逆流して嘔吐してしまった。

 なんでこんな…… そういえば、虐待されたりいじめられたりすると、もっと弱い者にあたるってどこかで聞いたな……

 意識が遠くなりながらそんなことを考えると、清美と目が合った。

 そうだ、清美だ。

 かすかな希望が胸に宿り、体に力がわいてきた。

 清美ならきっと味方になってくれるし、ハイレンで傷を治せる。

 さっきのは周りに流されただけだ。村人が死んで、あんなに悲しんでいた清美ならこんな目にあっている僕のことも同じように見てくれるはずだ。

だけど、清美は僕をゴミでも見るような目で見ていた。

「悪いけど村上君、この状況になってまだあなたを助ける余裕があると思ってるの? 一番弱くて役立たずなのは村上君でしょ? だったら、村上君が犠牲になるのが一番じゃない」

 清美らしからぬセリフに、間抜けなことに思考が一瞬停止してしまった。

「ちょ、ちょっと待ってよ」

「待つ暇なんてないわ。そろそろコカトリスが泥沼から出てきそうだし、私たちはこれで避難するわ。バイバイ、村上君。これまで楽しかった。思い出をありがとう」

「別れの挨拶はそれくらいにしろ、キヨ」

 剱田が清美の腰を抱いて連れていく。その姿はまるで長年連れ添った恋人みたいに親密だった。

「じゃあな、村上。キヨはこれから俺が守ってやる」

「本ばっかり読んでるネクラだったけど、なかなかイケてる死にざまだな」

「クラフトも使えない役立たずだったけど、最後の最後に一番役に立ったな」

「ま、弱者はこうされるのが自然界の定めだ」

「ごめんね、でもみんなが生き延びるためには仕方ないと思うから……」

剱田、岩崎、日原、佐伯、桜井はそう言って僕から離れようとする。

「ふ、ふざけるな……」

 僕はえずくのを我慢しながら、彼らを睨みつけた。

「あア?」

「貴様がガン飛ばしても何も怖くねえよ」

 なめるな。

「そうだぜ、ぼろ雑巾になって柵に縛り付けられて、何ができるってんだ」

「必ず、必ず、復讐してやる…… お前ら全員に……」

「どうやるんだよ?」

「クラフトも使えねえのに?」

 奴らは完全になめきった口調で好き勝手言っている。

 確かに、今は敵わない。

「村上君。悔しいのはわかるけど、今の状態で言っても……」

だが、必ず生き残って、復讐してやる。

お前ら全員ズタズタにして、ハラワタ引きずり出して、首を切り落としてやる。

彼らは僕の視線など屁にも感じていないように、何事もなかったかのようにその場を離れた。

「お前はしょせんよそ者だ、せめて犠牲になってくれ」

「俺たちを助けようとしてくれたんだ、お前が死ねばみんな逃げられる」

 村人たちも勝手なことを言って、僕とコカトリスを置いてその場を離れて行く。だがそのうちの一人が、僕が食われるのを見物しようと言うのか、家の陰から僕を見ていた。

 好都合だ。それなら、チャンスはある。

 やがてコカトリスが泥沼から出てきた。



 僕の顔の倍はある大きな雄鶏の顔がアップになって迫ってくる。

 縄で転がされた僕をくちばしでつつき始めた。あちらからすればつついているだけなのだろうけれど、一突きごとに顔面に穴が開くような傷ができていく。

 顔はとっくに血まみれで、目に血が入って何も見えない。

 顔に飽きたのか、今度は足にくちばしが伸びた。

「うがっ……」

 足に噛みつかれ、脚の肉をごっそり持って行かれた。コカトリスは美味しそうに僕の肉を咀嚼し、呑み込んでいる。

 ひとしきり肉の味を楽しんだのか、次は僕の腹にかぶりついた。

 今度は声も出なかった。

 腹を食われるのは足を食われるよりずっと痛かった。

 腹から足とは比べ物にならない量の血が溢れだし、意識が遠のいていく。

 でも、まだだ。

 腹を食われたおかげで、縄が腹ごと食いちぎられて腕が自由になった。

 すかさず腰のナイフを、ありったけの憎しみをこめて引き抜く。

 僕の血を吸ったナイフは、曇天の下でひどく禍々しい感じに見えた。

 ナイフをコカトリスにつきたてようとは思わなかった。僕のレベルで、剱田たち総勢でかなわなかった相手に攻撃が通じるわけがない。

 僕が狙うのは。

 僕は地面に倒れた体勢のまま、僕が食われるのを見学していた村人の喉にナイフを投げた。

 乾坤一擲の賭けだったけど、幸い村人の喉に命中し、それが致命傷となったのか村人はゆっくりと倒れて行く。

「な、なんで……」

 そいつが喉から真っ赤な血をあふれさせて息を引き取っていくのを見ても、何の感慨もわかなかった。

その瞬間、僕は自分がレベルアップするのを感じる。同時に飛躍的に上昇したHPのお陰か、村人から受けた傷も、コカトリスから受けた傷も見る見るうちに塞がり、完全とは言えないけどほとんど痕跡がなくなった。

今の僕の最大HPからすればあの程度の傷はかすり傷なのだろう。

これが僕の得たチート能力、「カルトマヘン(kaltmachen)」。


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