お客さん、来ないね
戦争とはお構いなしに魔物は活動する。
大規模の兵隊同士が衝突する広い平原地帯と、魔物が頻繁に活動する森で済みわけができているからだろう。
魔物を狩っていた剱田たちが死に、ふたたび大量の魔物が外に跋扈しはじめたらしい。
戦争に行かない予備の兵士や老兵たちまでもが城外に出て魔物退治に出かける頻度が高くなったため、ミュンヘンの町中には傷ついた兵士が場外から運び込まれている。
「こんなに魔物が増えたことってあったか?」
「いや、わしも八十年近く生きておるがこんなことはかつてなかった。なにか大きな力が働いておるのやもしれん」
「戦争もはじまったし…… きな臭い話ばっかりだな。商売あがったりだぜ」
道行く人からはこんな声が聞こえてくる。
城外に出るのも危険になり、旅人が減り仕入れも難しくなって、ヒロイーゼさんの店が再び経営困難になり始めた。
だけど儲かる人はいるもので、酒屋は不足した酒の値段を釣り上げて大もうけの真っ最中だし行商人を守る傭兵は売り手市場で羽振りがいい。
誰かが困れば誰かが儲かる、人の世の不条理がそこにあった。
「お客さん、来ないね」
夕方になっても客の出入りがほとんどない店内で、ウエイトレスさんたちの視線は必然的に入口に向かっている。風邪で戸が鳴る音がしただけでも表情を変えて入口を見て、誰も入ってこないのがわかると目に見えて落ち込む。その繰り返しだった。
「やれやれ」
ドルヒが出口へ向かって歩き始めた。
「どこに行くの、ドルヒちゃん」
ヒロイーゼさんがドルヒを止めるけど、ドルヒは歩みを止めなかった。
「気分が悪いので早退させていただく。相棒、ついてこい」
ドルヒはぶっきらぼうにそう言って店を出た。
「なに、あの言い方」
「顔がいいからってさ、もうちょっと申し訳なさそうな顔していいわよね」
背後からウエイトレスさんたちの声が聞こえてきたけど、ドルヒはどこ吹く風だった。
でもヒロイーゼさんが止めなかったのが意外だった。
「ドルヒ、ドルヒ」
「なんだ、相棒」
ウエイトレス服を脱いでいつものワンピースタイプのドレスを身にまとったドルヒは、街中を無表情で歩いていた。
僕も女装を解いていつもの服に戻っている。
「なんでいきなり店を出て行ったの?」
「客が少ないのに店員が多くては払う給料も馬鹿にならんだろう。いなくても困らん吾輩が店にいるくらいなら別のことをしたほうがよい」
「別のことって?」
「魔獣狩りだ。吾輩たちなら並みの魔獣など蝿の駆除と変らん。この地域の治安を取り戻して店の売り上げに貢献したほうがよほど有意義であろう。吾輩を認めてくれた、皆の辛気臭い顔も見ていて辛いしな」
「ならそう言えばいいのに。せめてヒロイーゼさんには言っておいたほうが」
だがドルヒは眉をしかめた。
「魔獣退治に行くなどとヒロイーゼ殿に言えば止めるに決まっているであろう。我らがフェルゼンを殺したことは知っていても強さまでは知らぬ様子。我らが何らかの考えあってああ言ったことは感づいたようだし、それで問題あるまい」




