癒しの力とその代償
51話、むーくんに加筆しました。
ドルヒが接客を初めて数日。店の買い出しのために外を歩いていると、ふと気になった。
「清美がハイレンで病人を癒してたんだっけな…… 彼女が死んで、治療してもらっていた人たちはどうなったんだろう?」
「碌でもない目に合っているに決まっておるであろう」
僕の隣でウエイトレス服を着て歩くドルヒが呟いた。ウエイトレス服は着て歩くと店の宣伝になるというけれど、ドルヒみたいな美少女がウエイトレス服を着て歩いているとそれだけで目立つ。
でも碌でもない目に合っているって、どういうことだろう?
「お、ちょうど答えが見えてきたぞ」
家の前に座りこむ数人の子供を発見した。身なりからして乞食ではないようだけど、変な炎症のようなものが体中にできている。
全身が赤くはれたり、膿のように黄色い汁が全身から垂れている。
その汁に蠅や蛆が群がって、まるでゾンビや動く死体のようなありさまだった。
その姿は凄惨の一言で、思わず目を背けてしまった。
「治癒の副作用であるな」
ドルヒが彼らの姿に何ら感想を抱いていないように、端的に呟いた。
「ハイレンの力は人間が本来持つ治癒力を魔力で無理に引き上げる。だからこそ、不用意に使い続けていれば無理やり引き上げられた治癒力が体の中で衝突し、結果自らの体すら傷つける」
自分の治癒力が自分を傷つける…… アレルギーみたいなものかな?
布を炎症が起きた部位に巻いて、膿を取っていた子供たちが呟いた。
「あのシスター服の姉ちゃんが治療始めてしばらくたってから、こんな風になったんだ」
「高い金とる教会や医者と違って、擦り傷とか風邪でもタダで見てくれたのに」
ドルヒはそんな彼らを見て同情するように呟いた。
「相棒、よく見ておけ。善意が人を滅ぼすいい例だ」
僕はそんな人たちの顔を一人一人目に焼き付けていく。
期待が裏切られ、それが憎しみと変ったときのその目。
少し僕に似ている気がした。
「あの姉ちゃんろくでもないな」
「初めからこうするのが目的だったんじゃね?」
子供とは思えないくらいの恨みがこもった声だ。
清美に対して一部に感謝する者はいたが、清美に対する怨嗟の声が充満していた。
「あの人が治療した後に、奇病がはやりだしたんだ」
「癒しの聖女さまはどこに行ったんだ」
「我々をお救いくださるのではなかったのか」
癒しの聖女、とかいってあれだけ崇めておいて、いざそのツケが来るとこの手のひら返し。やっぱり人間なんて嫌いだ。
でも恨みもない人間が苦しんでいるのを見るのは気持ちがいいものじゃない。自分が苦しんでいたことを思い出すから鬱陶しいことこの上ない。見えないところで苦しめばいいのに。
「でも僕が清美を殺さなかったら、この人たちは助かったんじゃ…… また清美が力を使えばいい話だし」
「思いあがるな、相棒。ハイレンで起こった奇病はハイレンでは治せん。人を癒す力といえども理を捻じ曲げれば、かならず歪みが生じる。それだけのことだ。相棒が気に病む必要などはない。悪いのはハイレンの使い手とむやみに頼ったこの阿呆どもだ」
「擦り傷や風邪程度でハイレンを使うなど、崇拝されたいという欲望に病人を利用しただけであろうな。たとえ本人にそのつもりがなくとも、心の底では崇められる自分に酔っていたはずだ」
「ははは! うける! うけてうけて仕方ない!」
真っ白な空間の中で、プラチナブロンドの髪と真っ黒なカラスみたいな羽を背中から生やした絶世の美少女が腹を抱えてはしたなく笑っていた。
彼女の前には人の頭大の水晶玉が支えるものもなく宙に浮いており、水晶玉の中にはハイレンの副作用で苦しむ人間たちが映し出されている。
「いいことばかりじゃないっていうのが人の世の理なのに…… あのハイレンを手に入れた子はそんなことも考えずに力を使いまくったんだね、その結果があれだよ」
「あの子が自分が治したと思った相手が苦しんで、さらに苦しんだ相手にハイレンが利かないっていう二重苦にもだえる姿も見たかったんだけどな」
「あのカルトマヘン手に入れた子が邪魔しちゃった…… 少し干渉しようかな」
邪悪さに満ちた笑顔を浮かべて、指を動かした。




