お仕事
「ふざけるな」
木から飛び降りてリーゼ・ベーアの頭をつかみ、つぶした後かんなの襟首を締め上げた。
ドルヒの力で締め上げられたかんなはつま先が地面から離れ、全体重が喉にかかり激しくせき込んだ。彼女を縛っていた腹ワタでできたロープは脆くもちぎれる。
「人が苦しい時には助けてくれなくて、自分が苦しい目にあったら助けると言い出すのか。吾輩が毎日死にたいと思っていたとき、貴様は何をしてくれた? 貴様の目の前で吾輩がスカートを破られて、それを動画にさらすと脅されたときに貴様は何をしていた?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
かんなは泣きじゃくって必死に謝罪の言葉を紡ぐ。
きっと心底悪かったと思っているのだろうけど、同情する気分にはなれない。
謝るくらいなら、初めからそういうことをしなければいいのに。
「ごめんで済んだら警察はいらんだろう!」
ドルヒが一発、かんなの顔に拳を叩き込んだ。それだけでかんなの顔面は陥没し、形が変わる。かなり手加減したな。そうしないと顔面陥没どころか顔面破裂していただろう。
「う、う……」
「もういい。死ね」
ドルヒが頭部に向けてゆっくりと拳を振り上げる。
だが後ろにおいてあったかんなの杖がゆっくりと動き始めた。
「べヴェ―ゲン(bewegen)」
今にも振り下ろそうとしていたドルヒの腕が、見えない何かに引っ張られたかのように後ろに伸びる。
「私の力は動かないものを動かす力…… あなたの服を動かした」
そのままドルヒの服が雑巾のように変形し、彼女を締上げていく。
さらに先端が渦のような模様を描いた杖が、空中を動きかんなの腕に収まる。
「この杖だって例外じゃないんだよ」
かんなの腕に杖が収まると、ドルヒを締上げる服がますますその力を増した。ワンピースタイプの服からのぞく手足は紫色に変色し、顔も青い。
「乱暴は嫌いなんだけど…… 私が死んだら悲しむ人がいるから。ごめんね、かんなちゃん」
彼女の顔には憎しみも怒りもなく、ただ謝罪しながらドルヒを殺そうとしていた。
「この程度か」
ドルヒの真っ青になっている手の指先に血がにじんだかと思うと、そこから何がかが飛び出た。
かんなの眉間に吸い込まれるように命中し、かんなは後方にのけぞって飛ばされる。
同時にドルヒを戒めていた服が元通りになった。
「この程度吾輩が毎日受けていた仕打ちに比べれば児戯にも等しい。むしろ貴様が友達になって遊んでくれたかと思ったぞ」
「そんな…… それに、今のは?」
「ああ、単純に自分の指で爪を剥いでそれを飛ばしただけだ。生爪を剥がれることは何度もあったからな、最小限の痛みと傷で爪を剥ぐ方法を自然に覚えた。それに動かないものを動かすということは動くものは動かせないということ。吾輩自らを動かさなかった時点で予想が確信に変わった。爪も一日に十分の一ミリのペースだが伸びるという形で動くからな。貴様の力が及ばぬであろうことは予想できた」
「感謝しておこう。貴様たちが見殺しにしてくれていたおかげで貴様を殺せる。さらばだ」
「や、やめて」
「やめるわけがないであろう」
ドルヒは倒れ伏していたかんなの頭を踏みつけて、潰した。
「ふう、すっきりした」
ドルヒがかんなを殺した瞬間、僕の方にも経験値が入ってきた感触があった。
どうやらドルヒが人の姿でもナイフの姿でも、カルトマヘンの力は変わらず発動できるらしい。さらにドルヒの爪も当然のように傷が完治していた。
ドルヒはかんなの死骸を鴉の群れに放り投げた。鴉がごみを綺麗に掃除する、美しい光景が繰り広げられる。むき出しになった肺を食いちぎられ、柔らかそうな乳房を爪でえぐられ、指を一本一本飲み込まれていく。
ドルヒはかんなの死体には一瞥もくれずに、血まみれになった体を念入りに川で洗っている。これから初出勤だし、女の子の準備は時間がかかる。丁寧に洗い終わり、鴉の数も少なくなってきたころにぽつりと言った。
「残りのリーゼ・ベーアどもは片づけておくか。万一ヒロイーゼ殿やエデルトルートが襲われたら大変だ」
「そうだね」
血の臭いを嗅ぎつけたのかわらわらと魔獣までもが群がってきたので、僕は町で買ったナイフを持って殺しに行った。
このレベル差なら武器なんていらないけれどやっぱり短剣術が身についているから武器は持っていた方がいい。ドルヒの短剣とほぼ同じデザインを注文し、柄の感触も近付けてもらったので手になじむ。だけどやっぱりドルヒが一番しっくりくるな、とリーゼ・ベーアの肝にナイフを突き立てながら思う。
数十秒で川沿いに魔獣の死体が山と積まれた。
「ふむ、これで町もしばらくは安全か」
ドルヒが晴れやかな顔で伸びをした。
いいことをした後は気持ちが良い。屑は死んだし、魔物も片づけた。
小川のせせらぎが心に染みわたる。日の光を照らし返す金波が眩しかった。
今日も一日、お仕事お仕事っと。